「うおっ!」

 ざ、と鳥居が飛び退った。だが重実はさらに踏み込みつつ、刀を繰り出す。

「……くっ……」

 思わぬ攻撃を受け、鳥居は顔を歪めながら後退を続けた。

『しつっこいの』

 鳥居の手にぶら下がっていた狐が、ようやく口を離して、とん、と降りた。鳥居が動くと身体が揺さぶられて、先の傷が痛むのだ。手の激痛がなくなった途端、鳥居は、ぱっと身を翻した。

「あっ!」

 伊勢が気付いたときには、鳥居は枝折り戸を固めていた一人に突っ込んでいた。鳥居に迫られた者は慌てて避ける。その隙をついて、鳥居は外へと逃げ出していった。

「いい、追うな」

 我に返って鳥居を追おうとした何人かを、安芸津が止めた。その安芸津の足元には、北山が倒れている。鳥居は北山が倒されたのを見、逃げたのだろう。

「奴は単なる用心棒。腕は侮れぬし、深追いするべきではない。北山は捕縛したしな」

 安芸津の言葉に、皆ばらばらと倒れている北山に駆け寄った。そして手早く縛り上げる。倒れていたが、斬られたわけではなく、昏倒していただけのようだ。安芸津が峰打ちで仕留めたのだろう。

「久世殿、大丈夫か」

「ああ」

 軽く言ったが、重実の腹は血で染まっている。説得力ねーな、と思いつつ、重実は顔をしかめた。死ななくても、痛いものは痛い。

『全く、油断するからじゃ。うう、腹が痛い。折角の油揚げが出てしまいそうじゃ』

 狐が前足で腹を押さえて悶絶している。

『早よぅ軟膏でも塗って、傷を塞げ』

「心配せんでも、はらわたまでは届いておらん」

 相変わらず血を噴く腹を押さえて、重実は鳥居の去った闇を見つめた。恐るべき相手だった。最後でこそこちらが押したが、あのまま戦っていたら、体力的にも負けていたかもしれない。

「駕籠を用意してきます」

 伊勢が、言うなり駆け出していき、程なく二挺の駕籠がやって来た。

「さぁ、乗ってください」

 一挺に北山を押し込み、もう一挺に重実を促す。

「え、何で」

「何をとぼけているのです。そんな深手で、歩けるわけないでしょう。死ぬ気ですか?」