「ちっ。外したか」

 再び元の身体の向きに直り、重実は刀を己に引きつけた。柄を握った右手を肩より上に掲げ、その高さで後方に引く。妙な突きの構えだ。鳥居の目が怪しく光った。

「面白い」

 にやりと笑い、正眼に構える。その剣先から、痺れるような剣気が放たれた。重実を、侮れない相手として本気になったようだ。

『ひえ~。重実よ、心してかかれよ~?』

 獣なだけに、気に敏感なのか、狐が前足で頭を抱えて丸くなる。危なかったら加勢するとか言ってなかったか。そんな丸まっていて動けるのだろうか。

「ま、おれも痛いのは嫌だしな」

 呟き、重実は鳥居を睨んだ。双方の身体から殺気が放たれる。先ほどまでとはまるで違う空気が、辺りを包んだ。

「行くぞ!」

 言うなり鳥居が仕掛けた。素早い寄り身で迫り、一気に間合いを詰める。びゅっと刃が、重実の上に落ちて来た。それをぎりぎりでかわし、重実は目の前に迫った鳥居の首根目掛けて刀を突き出す。十分引きつけてから見舞った突きは威力絶大だ。決まれば確実に致命傷を与えられる。
 だが、目の前に迫ったはずの鳥居の姿が消え、重実の刀は空を切った。はっとした重実は、咄嗟に地を蹴って横に飛んだ。ほぼ同時に、ぱっと血が飛ぶ。

「……ほぅ。なかなかいい反応だ」

 身を起こしながら、にやりと鳥居が笑う。

「だが、結構な深手ではないか?」

 膝をついたまま腹を押さえる重実の手から、じわじわと血がにじみ出る。鳥居は袈裟懸けに来るふりをして、重実の突きを沈んで避けつつ下から横に腹を狙ってきたのだ。横に避けたお陰で二つになることは免れたが、完全には逃れられなかった。

『こりゃ重実ーーっ! 痛いではないか! 油断するなと言うたろーに!!』

 狐が喚く。

「うるさいよ。この程度なら慣れっこだろ」

 ぼたぼたと血を流しながら、重実はよろめきつつ立ち上がった。