「ほぅ。貴様はあのときの女子か。えらくさっぱりしたものだな」

 鳥居が、伊勢に気付いて言った。

「生きておったか。よぅもまぁ逃げきれたものよな」

 己の腕に、余程自信があるのだろう。面白そうに、じろじろと伊勢を見る。

「女子一人を取り逃がすなんざ、あんたも大したことねぇな」

 不意に重実が、馬鹿にしたように言った。ぴく、と鳥居の片眉が上がる。

「そう思うなら、試してみるか?」

 さすがに簡単に挑発には乗らないようだ。すぐに激昂して刀を抜くようであれば、本当に大したことはないのだが。鳥居はゆっくりとした動作で庭に降りた。両手をだらりと下げたままで、先ほど抜いたままの刀を無造作に持っている。

『不気味じゃのぅ』

 鳥居の後ろから出てきつつ、狐が呟いた。

『こ奴、何の気も感じぬ』

 通常剣客というものは、相手の僅かな気を読んで攻撃するものだ。対峙すれば気は昂るし、剣を構えれば剣気を相手に放つ。常にその変化を読んで攻撃したほうが有利なのだ。

『まぁおぬしも似たようなものかの』

 重実はそもそも生きているのか怪しい存在だ。気というものがあるのかどうか、自分ではわからない。
 呑気に言い、狐はとことこと重実のほうに寄った。だが少し離れたところでぴたりと止まる。

『では頑張っておくれ』

「おいこら。お前は高みの見物か。おれが斬られたらお前も痛いんだから一緒だろうが」

『だがわしは丸腰ぞ。わしが真っ二つにされたら、おぬしも真っ二つやもしれぬぞ? そっちのほうが嫌ではないか?』

「……うーむ、確かに」

『心配せんでも、危なくなったら加勢してやるわい。わしとて痛いのは嫌じゃ』

 少し離れた地面に向かって喋る重実に、鳥居も伊勢も妙な目を向ける。

「久世様。このようなときにまで、独り言はよしてください」

 き、と伊勢に睨まれ、重実はようやく口を噤んだ。狐が、馬鹿が、という目で見る。
 そのとき、背後でキィンという金属音がした。安芸津が北山と刀を合わせたらしい。伊勢が少し目をそちらにやった。