「ふん、馬鹿な奴だ。与力の立場にあるわしを、おぬしのような浪人が斬れると思っているのか」

「生憎浪人にゃ、与力も奉行も関係ねぇよ。お勤めしてねぇんだから」

 言いつつ、重実は部屋の中に目を走らせた。狐が、散らかった膳の上の器に顔を突っ込んでいる。

「おいこら。いじましい真似すんじゃねぇよ」

 重実が声をかけると、狐はひょいと顔を上げた。油揚げを咥えている。

『いや、高級料亭の油揚げを逃す手はなかろうが』

 北山らの注意を引くために、わざと膳を蹴散らしたのだと思ったのに、狐の目的は単に油揚げだったのか。

『いやいや、蹴散らしておる最中に見つけたのじゃ。初めから油揚げ狙いではないぞ』

「どうだか」

 言っている間も、狐は忙しく、はむはむと油揚げを頬張っている。他の者には見えない、というのはつくづく羨ましい。そしてそんな見えない狐の相手をしている重実は、がっつりと北山の神経を逆なでしたようだ。

「何を言っておる! 貴様、わしがいじましいと言うのか!」

 北山が額に青筋を立てて怒鳴る。

「あ、いや、あんたのことじゃねぇんだけど。でもまぁ、似たようなもんだろ。てめぇの手は汚さずに、周りの者にやらせるほうが汚いぜ。しかも事が済んだら刺客を放って始末するなんざ」

 一瞬だけ、北山の片眉が上がった。が、すぐに平静さを取り戻す。

「……何のことを言っているのかわからんな」

「しらばっくれるかい。でもあんたさっき、そのおっさんにおれのこと聞いたな。おっさんが斬ろうとしてたな、ちょっと前に南河岸についた荷下ろしに加わった野郎だぜ。その前にも同じ荷下ろしを手伝った者が殺された。おっさんが斬り損ねたのをあんたは知ってたんだな。何故だい?」

 早口で喋る重実を見る北山の目が、すっと細くなった。

「……貴様、ただの犬じゃないな。何者だ」

 ゆらりと北山の身体から殺気が立ち上る。