「何かあったか?」

 中から声がした。北山のようだ。鳥居は一通り庭を眺め回した後、静かに障子を閉めた。

「なるほど、確かになかなかな野郎だな」

 僅かな気配を察知したのだろう。そうそうできることではない。

「鳥居は倒しても一向に構わんが、北山は生かして捕縛せねばならん。これが厄介だ」

 安芸津が言う。横に控える清水も、先ほどとは違い顔が強張っている。あまり実戦の経験がないのかもしれない。

「しかし、捕縛したところで、与力なんか牢に繋げるのか? 大体牢だって安全じゃねぇ。また証人の躯が増えるだけじゃねぇのか」

「その点は心配ない。此度は小野派の宇津木様に話を通している。宇津木様は北山の上役であるお奉行を束ねるお立場だ。宇津木様が手を回し、北山を収監する牢役人は小野派で固めている。もっとも牢などに入れる暇なく吟味されるだろうが」

 実際に動いている北山が捕まれば、田沢派の足元は一気に危うくなる。筆頭家老の位置にいる田沢を直接引きずり下ろすほどのものではないと思うが、ただでさえよろしくない現藩主の心象は、さらに悪くなろう。その上に、民の生活を圧迫している米の独占などを操っていたとなれば、周りの反対も大きくなる。民の心を掴んでいない藩主など、国の存亡に関わる。

「ただ、それ故向こうも必死になろう。北山が捕らえられたとなれば、それこそ前の牢死した者よりも早く始末しようとするはずだ」

「いくらお味方で固めていても、油断はできないってことか。まぁそうだろうな」

「その点、米滋は簡単に口を割るだろうな。捕らえてしまえば我が身可愛さに全てをべらべら喋るはずだ。ああいう奴は権力に弱い。捕らえるのも簡単だろう。だが逆に、このどさくさに紛れて始末されるかもしれん」

「では米滋は、捕らえ次第早々に、どこぞに隠しましょう」

 清水が言い、伊勢と頷き合う。そして、安芸津を見た。

「我々が突入すると同時に、手筈通り捕り方たちが向こうの仕舞屋から飛び出して、出口を固めます」

 つい、と板塀の向こうを指す。この料亭の裏には、小さい仕舞屋があった。空き家のようだったが、そこに捕り方が詰めているらしい。