「……た、確かにお救い頂いた命を無駄にするようなことは、するものではありませんね」

 どうも先ほどから、狐との会話も違和感なく溶け込んでいるようだ。えーと、と密かに首を傾げる重実をそのままに、ようやく落ち着いた伊勢の肩を、安芸津が労わるように叩いた。

「そなたを想えばこそなのだぞ。わかってくれ」

 項垂れる伊勢を見る安芸津の目は優しい。

『こ奴、伊勢を好いておるのかのぅ』

「まぁ綺麗な女子ではあるからな」

 つるっと言ったことに、安芸津が過剰に反応した。

「んななななっ! そそ、そういう意味ではっ……」

 おや、またわけがわからん、と重実は考える。重実は狐と話しているので、そのさらに前の会話を思い出さなければならない。他の者には見えない狐と、気にせず喋るが故の苦労である。

「けど伊勢の腕は確かに凄い。危険にゃ変わりないが、襲撃には加わってもいいんじゃねぇか?」

 赤くなっていることは無視し、重実は安芸津に言った。伊勢は単なる女子ではない。斬り合いは初めに見ただけだが、確かに並みの剣士よりも強い。安芸津しか敵う者がいないのであれば、十分戦力になるだろう。

「し、しかし」

「あんたらの藩の剣士がどの程度の腕前かは知らんが、伊勢はその誰よりも強いんだろ? 実戦になったって怯む様子もなかった。ま、あんまり前面に出ないことが条件だが」

 襲撃場所は料亭なので、向こうもそう大人数ではない。正面から対峙しなければ大丈夫だろう。

『お前は死なぬから、いい盾になるしの』

「……ま、おれがやられることはないしな」

 勝てるかはわからないが、負けることもないのだ。何せ死なない。ただ、それはそれで重実にとっては地獄なのだが。
 そんな重実を、安芸津と伊勢は、少し感心したように眺めた。自信たっぷりに聞こえたことだろう。普通の人間からすると、やられることがないということは、勝てる自信があるということだからだ。

「心強い限りだ」

 安芸津が、どこか晴れやかに言った。