『まぁ殿様の一存だけで、周りが皆敵だったら、藩主に立ったところで国は機能せんしな。そんな状態だったら、あの姫さんが立ったところで、あっという間に潰される。元の木阿弥というやつじゃ』

 だから鶴の一声だけで真之介を立てることはしないのだ。これと思った逸材を、おめおめ潰すことにもなる。

「今のところ、田沢の財源の大本は北山だ。奴は与力の立場を利用して、あらゆるところに手を付けているからな。賭場の手入れを見逃す代わりの袖の下も相当なものだ。だがその財源を絶ってやる」

 そう言って、安芸津は不意ににやりと笑った。

「米滋と北山の会合の日時を掴んだ。二日後に、浜ノ屋という料亭だ」

 そろそろ殿様も、次期藩主を正式に決めるつもりらしい。近く艶姫を城に招くという。そこで正式に家臣にお披露目し、真之介との婚約も公にする。そして次期藩主として真之介を指名するというのだ。

「当然田沢派は面白くない。何としても阻止するつもりだろうが、そのためには他の有力な家臣を抱き込む必要がある。それには金だ。あちらは人望がない分、金でしか人を動かせぬ。その金を作るために、北山が動いている」

「値を釣り上げた米を売ろうというのですね」

 今まで黙って聞いていた伊勢が、静かに言った。

「下り米を開放したものの、一気にこの不足を賄えるほどではないからな」

 だが与力と米問屋を押さえたぐらいで、筆頭家老ともあろう者まで辿り着くだろうか。重実と伊勢は顔を見合わせた。

「さすがに筆頭家老を失脚させるまではいかないだろう。だが北山が田沢の犬なのは周知の事実だ。そこがとんでもない不正を働いているとなれば、少なくとも次期藩主にはすんなりなれんだろう」

「まぁ……いきなり斬り殺したりできないのであれば、じわじわ足元を崩していくしかねぇな」

 できれば斬ってしまいたいが、今田沢を殺せば明らかに小野派の者の仕業だとわかる。