その彦佐は、朝には(むくろ)となって岡場所からほど近いどぶ川に浮かんでいた。

「しまったな。やっぱり下手に外に出しちゃ駄目な奴だったか」

 知らせを受けて現場に出向きながら、重実は呟いた。

『まぁ奴は刺客の顔も見ておるし、一旦襲ったからには中途半端で放置することはないじゃろう』

 重実と狐がどぶ川のほとりについたときには、すでに大勢の野次馬が集まり、同心が彦佐と思われる骸を検分していた。

「あいつは大場だな」

 取り調べをしているのは大場だ。となると、ろくに調べもしないで適当に切り上げられるだろう。上司である北山が指示した殺しだ。
 思った通り、ざっと形だけ調べただけで、大場は腰を上げた。大場が彦佐から離れた隙に、重実は首を伸ばして骸を見た。
 右手と両足首がない。小さな傷は無数にあるようだが、致命傷は首根からの一撃だろう。それだけ鮮やかに、身体を斜めに斬り裂いている。ぱっくり開いた傷口からは、切断された骨と臓物が覗いていた。

「あの太刀筋。伊勢の背中と同じだな」

 悪くすれば、伊勢もああなっていたわけか。そういえば、鳥居と対峙したとき、確かに奴は刀を振り上げた。あの大上段から、凄い威力で斬り下げるわけだ。正面から受けて、防ぎきれるか。

『しかものぅ、おそらくあ奴は、先に両足を斬られたのだろうよ。いや、匕首ぐらい呑んでおったろうから、右手が先か。武器を持った手を飛ばされ、逃げる足も絶たれた。無抵抗にした上で、ちょこちょこ切り刻みながら、情報を聞き出したのかものぅ』

 以前に彦佐を襲ったときは、いきなり殺そうとした。あのときは聞き出すこともなかったからか。おそらく大場のことを探っているのも、昨日彦佐を尾けていたのなら気付いたかもしれない。

「おれのことも、単なる通りすがりではないとわかったろうしな。今後は狙われるだろうな」

『ふ。致命傷だけならともかく、手や足をなくすのは避けたいの。くっつくかどうかもわからぬし』

「おれの手足がなくなったら、お前も同じようになくなるのか?」

『わしの可愛い肉球がなくなるのか。可愛さ半減じゃ』

 死なないので、いまいち緊張感がない。くだらないことを話しながら、重実は彦佐の骸に小さく手を合わすと、周りを注意しながら藩邸に帰った。