「久世様。この者、どうするおつもりです」

 刀を彦佐の首筋に置いたまま、伊勢が聞く。聞くことは聞いたし、解き放ってもいいといえばいいのだが。

「こ、このまま放り出されちゃ、殺されるかもしれねぇ。匿ってくれるつもりじゃねぇのか?」

 ふるふると震えながら、彦佐が口を開いた。川っぺりで襲い掛かった侍が、米俵のすり替えに関係しているとわかり、身の危険を感じたようだ。

「う~ん、まぁ確かにお前は大事な証人だと思ったんだが。けど敵さんの顔も見てねぇしなぁ」

 決定的な証拠はない。そもそも顔を見ていれば、米俵を舟宿に運び込んだ後すぐに斬られていただろうが。

「ま、待ってくれよ。顔は見てねぇけど、声は聴いたぜ」

 はた、と気付いたように言う。

「そうか。こちとら目星はついた。大場の声を確認すればいい」

 ただ声を聴いただけだったら心許ないが、人物の目星がついていればその者の声を確認すればいいだけだ。

「でもお前は向こうさんに顔を見られてる。奴の前に出るのは危険かもしれねぇぜ」

 北山の命で鳥居が関わった者を殺しているなら、わざわざ姿を晒せばすぐに手を打ってくるかもしれない。だが彦佐は、肚を決めたように頷いた。

「いいぜ。おれがそいつの声を確認すれば、そいつはお縄だろう? そうなれば狙われる恐れもなくなる」

 重実たちからすれば、大場がお縄になっただけでは駄目なのだ。そこからさらに北山などの上に繋げないといけないので、確認後すぐに大場捕縛とはいかないのだが。

「まぁ確かに重要な証拠にはなるな」

 同心が回る界隈は決まっている。さらに袖の下を要求するような輩は、立ち寄るところも決まってくるものだ。見回り中の大場を炙り出すのは、そう難しくはないだろう。

「近く行われるだろう米滋との会合に備えて、野郎の顔を知っておいたほうがいいだろうな」

「では」

 頷き、ようやく伊勢は刀を下ろした。