「……あれは敵かい?」

 重実の問いに、娘は弾かれたように首を縦に振った。背を斬られている女子が、身を起こして娘に必死な顔を向ける。

「逃げてください! 早ぅ!」

 叫び、女子は懐から懐剣を抜いた。片手で上体を支え、片手で逆手に懐剣を構える。娘を逃がすために、上がってくる連中と戦う気だ。
 そうこうしているうちに、連中はあっという間に重実たちの前に散開した。皆、頬かむりをしている。顔を見られたらヤバいということか。

「浪人、死にたくなければ去ることだ」

 重実の前に立った男が、くぐもった声で言い、ずらりと刀を抜いた。
 じ、と男たちを見、重実は状況を読む。見たところ、男たちは素浪人ではない。どこかの家臣だろう。顔を隠しているところからしても、それなりの地位にある者ではないか。

「へ。おれのことは見逃してくれんのか」

 若干馬鹿にしたように言うと、すっと男の目が細められた。大袈裟に顔を隠した剣客が、目撃者を逃すはずがない。

「何だい、あんたら。女子に刀を向けるたぁ、感心しねぇな」

 答えるとは思っていないが、一応聞いてみる。案の定、男は威嚇するように刀を重実に突き付けた。

「素浪人には関わりのないことよ。よくあるお家騒動になど、好きこのんで関わりたくないだろう?」

 ははぁ、と重実は心の中で呟いた。お家騒動というからには、娘は殿様の姫君か。
 さて、ここの殿様は誰だったかな、と考えていると、いきなり背を斬られた女子が、立ち上がりつつ雪の塊を男に投げつけた。

「うおっ!」

 いきなりな攻撃に、雪玉をまともに食らった男が思わず目を瞑る。次の瞬間には、女子は地を蹴っていた。

「はぁっ!」

 気合いと共に、懐剣を繰り出す。使い慣れていない娘のよくある突きではなく、男の間近で大きく下から薙ぎ上げる。
 ぶわ、と血が飛んだ。斬られた男はよろめき、がくりと雪の上に膝をついた。