『全く一日中女子についておらぬといかんなど、気が滅入ってしょうがないわ』

「おいこら。何を勝手に戻ってきてる」

 重実が狐に文句を言ったとき、すらりと襖が開いて艶姫が姿を現した。

「だってずっと一人で籠ってるなんて、つまらないんですもの」

 ぶぅ、と膨れて、艶姫が言う。伊勢が、ぎらりと重実を睨んだ。先の重実の言葉は、艶姫に放たれたのだと理解されたらしい。狐は、しれっと重実の膝の上に上がって丸まった。

『何とのぅおぬしの気が昂ったのがわかったんで、狐火を飛ばしたのじゃ』

「そうかい。ま、ちょっと残念だったけど、お陰で助かったぜ」

 膝の上の狐に手を置いて言う重実に、艶姫はきょとんとした。

「あら、わたくし別に何もしておりませんわ。けどお役に立てたのならよかった」

 にこりと笑う。何のことだかわからないが、とりあえず重実も曖昧に微笑んだ。周りを気にせず狐と喋ると、よくあることだ。伊勢が、ささっと艶姫ににじり寄った。

「姫様、このようなところにお出ましになることはありません。向こうのお部屋でお待ちください」

 下手に身分を明かすわけにはいかない。小声で言うが、艶姫は頑として動かない。

「嫌よ。一人は寂しいわ」

「そんじゃあ、ほれ」

 言いつつ、ぽん、と重実が膝の上の狐を叩いた。が、それに艶姫は、え、と赤くなり、伊勢は鬼の形相になった。

「んなっ! 何ということを! この不埒者が!!」

 いきなり持っていた刀を、ぶん、と重実に向かって振り回す。ぎょっとした顔で、重実は辛くもその刃を避けた。

「なな、何だよ! 姫さんが一人じゃ寂しいっつぅから」

「だからと言って、何故あなたが出張るのです! まして膝に来いだなんて、一体何様のつもりですかっ!」

「え、な、何のことだよ」

 重実は膝の上にいた狐に、再び艶姫の傍に行け、と言ったつもりだった。だが狐は他の者には見えない。まるで重実が、自分の膝を示したように見えたわけだ。