安芸津らも同じ考えだったらしく、男の素性はすぐにもたらされた。教えられた情報を元に、男が住んでいたという長屋を訪ねてみると、住人はあからさまに男を毛嫌いしていた。

「しょっちゅう悪たれどもとつるんで、遊び歩いてるような奴だよ。何やってんだか、家にも滅多に帰ってこないし、帰ったと思ったらうるさく騒ぐし。隣町の彦佐(ひこざ)って奴と組んで、よく暴れ回ってたよ」

 住人から聞き出した彦佐なる人物を訪ねようと長屋を出た重実は、空を見上げた。すでに日は傾いて、薄闇が迫っている。これから隣町の長屋に行っていたら、帰る頃にはとっぷりと日は暮れていよう。

「……けど、出直すのも面倒だ」

 それに、この時刻なら家にいるかもしれない。丁度飯でも食いに出てくればしめたものだ。重実は足早に隣町の教えて貰った長屋に向かった。
 件の長屋が前方に見えてきたときに、木戸から人影が現れた。おや、と目を凝らすと、先ほど聞いた彦佐の風体によく似ている。やはり飯を食いに外に出たのだ。その辺の人に部屋を聞く手間が省けた、と小躍りしながら後を追おうとした重実だったが、ふと足を止める。

 前を行く彦佐はやけに怯えた様子で、やたらと周りを警戒している。どうしたのだろう、と不思議に思いつつ後を尾けていくと、やがて川沿いの細い道に出た。この辺りは立ち並ぶ屋敷の裏手になるので、人通りはあまりない。人通りが絶えれば、尾けるのは難しい。
 少し土手のほうに降りたほうがいいかな、と川辺に目をやった重実は、柳の木の陰から、ゆらりと人影が通りに出てくるのを見た。振り向いた彦佐の顔が強張る。不意に現れたのは侍のようだ。大刀を一本、落とし差しに差している。そういえば気配を感じなかった、と思っていると、侍はずらりと大刀を抜いた。