「……えーと、こんなところで、どうされた?」

 できるだけ穏やかに聞いてみると、娘は驚いたような顔になった。

「……ひ、姫様……」

 別の声に娘の向こうに目をやると、そこにも一人、女子がいた。ただこちらは雪の中に埋もれるように、倒れている。

「姫様……お逃げ下され……」

 女子が言った。異変を察し、重実は娘の横をすり抜けて、倒れている女子の傍にしゃがみ込んだ。顔を近づけると、血のニオイが鼻を衝く。

『わぁ、怪我しておるのか』

「お前、獣のくせに気付かなかったのか」

『鼻の中が凍ってるから』

 本当に妖狐か、とつくづく思う。人に見えず、人語を喋らなければ、普通の狐と変わらない。
 重実は倒れている女子を、そろりと転がしてうつ伏せにした。血が滲んでいるのは背中だ。赤く染まった着物の奥に、斬られた痕が見えた。

「刀傷か。追剥ぎにでもやられたのか?」

 着物の斬り口を広げ、重実は雪で傷口を洗った。浅くもないが、骨に異常はないようだ。

「これなら傷口を縛って大人しくしておれば、じきに治るだろう」

 懐から出した手拭いを裂きながら、重実は傷口を見分した。単なる追剥ぎが使うとも思えない、鮮やかな斬り口だ。刀も上物だろう。もう少し近くで斬られていたら、肩口から斜めに、身体を二つにされていたかもしれない。

 そういえば、この二人は旅装束でもない。(なり)は商家の娘のようだが、先ほどこの斬られている女子は『姫様』と言った。
 
訳あり娘か、と思いつつ、裂いた手拭いを傷口に当てたとき、別の気配を感じた。振り向くと、蓑をつけ笠を被った集団が、街道に集まっている。

「何だ? あれは」

 訝しそうに見下ろす重実の横で、娘が息をのんだ。蒼白になって震えだす。
 同時に下の集団も、こちらに気付いたようだ。重実らを指さし、何か喚いた後でこちらに向かってくる。
 娘の様子から、おそらくこの者たちから逃げていたのだろう。藪に分け入ってくる集団からは、殺気が放たれている。