つまりは次期藩主候補である真之介の父親か。勘定方故、藩内の不自然な金の流れに気付いたのだろう。

「では、繋ぎはしばし、小弥太を使うことにします。彼なら疑われることもないでしょう」

「そうだな」

 頷きあい、安芸津が出ていく。伊勢も刀を腰に差すと、笠を手に振り向いた。

「では参りましょう」

 少し汚れた着物に茶筅髷。笠で顔を隠せば、まさか女子だとは思われまい。折角整った顔立ちなのに勿体ない。

「ま、おれが髪を切り落としたんだしなぁ」

 今さら悔いてもしょうがない。小さく言って腰を上げる重実に、伊勢は少し意外そうな顔をした。

「私の髪を切ったことを悔いているのですか」

「うん……。いや、でもあんときは、それが最善の策だったとは思うよ」

「なら悔いる必要はありません」

 ぴしゃりと言う。睨むような眼に、重実は苦笑いした。

「けどなぁ、やっぱり女子にとっちゃ、髪は大事だろ」

 元々長かったときの伊勢がどんなだったかなど知らないが、最近とみに男っぽく振る舞っているような。気を張って、無理をしているように見えなくもない。

「私はそんな世間の女子のような感覚は持ち合わせておりません。私の役目は、あくまで姫君の警護ですから、女子らしさなど無用のものです。髪も短くなって、返って助かりました。やはり男の(なり)のほうが、戦うにはいいですからね」

「そうかい。まぁそう言って貰えると、おれっちも救われるがね」

「髪など、すぐに伸びますよ」

 素っ気なく言い、伊勢は戸を引き開けた。

『やれやれ。可愛げのない女子じゃのぅ』

 たた、と重実の肩に駆け上がった狐が、呆れたように言った。