伊勢に怒られ、艶姫は、しゅん、と項垂れる。商家の娘として育った故か、あまり政治のどろどろやお家騒動というものに現実味がないのかもしれない。目の前で追っ手が斬られたこともあり、命の危険は感じているのだろうが、それも日が経つにつれて薄れていく。生来あまり慎重なほうではないのだろう。

「もう商家の娘ではないのですからね。藩主の娘で、一国を背負うお立場が控えている、ということを、もうちょっと自覚してください」

 くどくどと伊勢が艶姫に言い聞かせる。商家の娘と藩主の娘とでは、かかってくる責任が全く違う。藩主直々の命で守っている姫君を失ったとあれば、連座して罰せられる人数は、商人の比ではない。

「まぁまぁ。いつもいつもびくびくしてるより、気を楽にできるほうがいいじゃねーか。そんなことより、何かわかったんかい?」

 宥める重実をじろりと睨み、伊勢はようやく腰を下ろした。

「この宿場町には、いかにもな田沢派の者の顔はありません。まぁ全ての旅籠を確認したわけでもありませんし、街道を行く人をそれとなく見張ってみただけなので、いない、と断言はできませんが」

「そうだな。向こうさんも、常にうろうろしてるとも限らんしな」

「ただ、相当に剣の修業を積んでいるであろう人物で、且つそれなりの身なりの者が目につきました」

 それが、狐の言っていた二人連れか。

「ほー……。あんたはガタイで、力量を計れるのかい」

「構えを見ないと、正確にはわかりませんけど」

 それだけでも大したものだ。並みの腕では、相手の構えを見ても腕のほどはわからない。

『そういうことだったのかい。やたらじろじろ見ておると思ったら』

 重実の横で、狐が納得したように言った。