「ちょっと待てよ。長い間ってことは、そこに目を付けたのはお姫さんがどうこう、とかいうのとは、また別なのか? そいつが失脚すれば、何もお姫さんを担ぎ出すこともないんだろ?」

「いえ、田沢が失脚したとしても、世継ぎ問題は残っております。田沢を廃し、小野様が筆頭家老になられても、すでに小野様も老齢であられますので、小野様自身が藩主を継ぐことはありませぬ。小野様にも、そこまでの野心はありませぬし。そこで小野様と昵懇な、勘定方の八瀬様が浮上したのです。八瀬様の嫡男・真之介様は聡明な方で、小野様に師事していたこともあってお殿様の覚えもめでたいお方です。また殿は、真之介様と艶姫様が親しくされていたこともご存じでしたので」

「殿様は、父の言う通り、わたくしを気にかけていてくださったのです」

 ほろり、と艶姫が涙を拭う。
 本当のところはわからないが、筆頭家老である田沢なる人物を潰せば、全て上手くいく、ということだ。艶姫の養父と実父の藩主との間に黒い取引がなされていようと、姫自身が好いた人物と一緒になれ、それにより跡継ぎ問題もなくなるのであれば、これほど良い話はない。

「さすがに筆頭家老を闇討ちにすることはできませぬ。田沢には不正の証拠を突き付けて、失脚していただきましょう。ただその証拠をお殿様にお渡しする機会がないのです。田沢が筆頭家老の権力をもって、殿に直接意見することを阻んでいるので。それに、下手に証拠をちらつかせれば、たちまち田沢は刺客を放ちます。まずは田沢の身辺に詰める刺客を排除せねば」

 ぐ、と伊勢が拳を握る。

「事情はわかったよ。とりあえず、今は傷を治すことだな」

 それは伊勢もわかっているらしく、必要以上に動かずじっとしている。ただ、何とか外の様子を知りたいらしく、飯を運んでくる老婆にいろいろ聞いていた。ちなみに老婆は、がっつり金を頂いているので、他の客にこの部屋のことは一切言わなかった。