「それに、殿様はわたくしの相手に、わたくしと面識のある方を選んでくださいましたし」
ぽ、と頬を染めながら、艶姫が言う。なるほど、それが城に上がることを決めた一番大きな理由か。
「それが、こんな恐ろしいことになろうとは」
わっと艶姫が突っ伏して泣き崩れる。
「姫がこうも大っぴらに襲われたとなると、向こうも一気にこちらを潰しにかかったと思っていいでしょう。殿も老齢ではないにしてもお歳の上に、最近は病がちですし、我ら小野派の者全て葬ってしまえば、誰も家老に逆らえませぬ」
「小野ってのが、その……お姫さんの婚約者か」
全く上の者の人間関係というのはややこしい。必死で頭の中に関係図を描きながら重実が言うと、伊勢は、いいえ、とあっさり首を振った。
「小野様は、家老の一人です」
「家老って、その藩主の叔父って奴だけじゃないのか」
重実の言葉に、伊勢は冷たい目を返す。
「家老職というのは、一人ではありませんよ。まぁ、だからこそこういうときには争いが起こるのですけど。お殿様の叔父上は、現在筆頭家老です。小野様は同じ家老職とはいえ、お殿様の叔父上であり、且つ筆頭家老である田沢様に比べると、どうしても立場が弱ぅございます。ま、お家柄だけで筆頭家老に成り上がった田沢様よりは、よほど家臣の心を掴んでおりますけども」
「そんじゃ皆が協力すれば、こんな血生臭い騒動も起こさず、その筆頭家老を引き摺り下ろせるんじゃないのか?」
「それができれば、こんな苦労はしません。大方の者が小野様についていても、それを公にすることは憚られる状況なのです。事実、田沢様の身辺を探っていた者が、何人か死体になっております。田沢には米問屋との不正の噂があります。腐っても筆頭家老の地位にいる者を、何の理由もなく廃することはできませぬ故、確たる証拠を掴まんと、小野派の者は長い間、田沢のことを調べているのですが、なかなか尻尾を掴ませませぬ」
話しているうちに気が昂ってきたのか、感情が露わになる。初めは『様』付けだった筆頭家老のことも呼び捨てだ。
ぽ、と頬を染めながら、艶姫が言う。なるほど、それが城に上がることを決めた一番大きな理由か。
「それが、こんな恐ろしいことになろうとは」
わっと艶姫が突っ伏して泣き崩れる。
「姫がこうも大っぴらに襲われたとなると、向こうも一気にこちらを潰しにかかったと思っていいでしょう。殿も老齢ではないにしてもお歳の上に、最近は病がちですし、我ら小野派の者全て葬ってしまえば、誰も家老に逆らえませぬ」
「小野ってのが、その……お姫さんの婚約者か」
全く上の者の人間関係というのはややこしい。必死で頭の中に関係図を描きながら重実が言うと、伊勢は、いいえ、とあっさり首を振った。
「小野様は、家老の一人です」
「家老って、その藩主の叔父って奴だけじゃないのか」
重実の言葉に、伊勢は冷たい目を返す。
「家老職というのは、一人ではありませんよ。まぁ、だからこそこういうときには争いが起こるのですけど。お殿様の叔父上は、現在筆頭家老です。小野様は同じ家老職とはいえ、お殿様の叔父上であり、且つ筆頭家老である田沢様に比べると、どうしても立場が弱ぅございます。ま、お家柄だけで筆頭家老に成り上がった田沢様よりは、よほど家臣の心を掴んでおりますけども」
「そんじゃ皆が協力すれば、こんな血生臭い騒動も起こさず、その筆頭家老を引き摺り下ろせるんじゃないのか?」
「それができれば、こんな苦労はしません。大方の者が小野様についていても、それを公にすることは憚られる状況なのです。事実、田沢様の身辺を探っていた者が、何人か死体になっております。田沢には米問屋との不正の噂があります。腐っても筆頭家老の地位にいる者を、何の理由もなく廃することはできませぬ故、確たる証拠を掴まんと、小野派の者は長い間、田沢のことを調べているのですが、なかなか尻尾を掴ませませぬ」
話しているうちに気が昂ってきたのか、感情が露わになる。初めは『様』付けだった筆頭家老のことも呼び捨てだ。