「あの……ところで、あなたさまは……」

 いまさらながら、おずおずと艶姫が重実を見る。そういえば、ここまで聞いておいて自分のことは話していない。

「ああ、おれは語ることもない、見た通りの痩せ浪人さね。久世 重実ってもんだ」

「久世様……。旅を続けてらっしゃるの? あの、何か目的あっての旅でしょうか?」

 少し、艶姫が縋るような目を向ける。

「いや、別に目的はない。ぶらぶらと気の向くままに各地を渡り歩いてるだけさ」

 正確にはそうせざるをえないのだが。重実が言うと、艶姫は畳に手をついた。

「では、此度の騒動を収めてくれませぬか?」

 いきなりな申し出に、重実は渋面になった。聞いた限りでは、一国を左右するお家騒動だ。軽々しく受けていいものか。

「もちろん報酬はお支払いします」

 ずい、と先ほどの小判の詰まった小袋を差し出す。

「……とはいえ、何をどうすれば収まるのさ。おれみてぇなただの浪人一人で何とかなるわけでもあるめぇ」

「叔父である家老を討てば、騒ぎは収まります」

 きっぱりと言う。言うは容易いが、まず家老という地位にいる者に近付くだけで大変だ。一人になることなど、まずない。

「家老を斬ろうとしたって、さっきのような奴らが周りにうようよいるだろ。まぁ大したことなかったけど」

「だからこそ、あなたさまにお願いするのです。家老の失脚を望んでいる者は、少なくありませぬ。どうか、わたくしたちにお力をお貸しください」

 深々と頭を下げる艶姫に、重実は、うーむ、と考え込んだ。孤立無援なわけではなさそうだ。が、腕の立つ者がいないのだろうか。
 もっとも家中で大っぴらに家老を討つわけにはいかないから、外部の人間に任せる、という考えもあるのだろうが。