「ちょ、ちょっとお待ちください! 見ず知らずの男性に、そのようなことを任せるのは……」

「うつ伏せなんだから、別にいいだろ。あんた、刀傷の手当てなんかできんのかい」

 ぐ、と黙った娘を横目に、重実は傷口を洗い、口に含んだ焼酎を噴きかけた。

「思った通り、鮮やかな斬り口だな。結構な手練れだぜ。そんな奴もいなかったように思うが」

『そうじゃのぅ。皆おぬしの一撃で倒されるほどの雑魚だったし』

 狐もまじまじと傷を見る。恥ずかしそうに顔を赤らめていた娘が、ようやく少しだけ近付いた。

「あの……伊勢を斬った男は、あそこにはおりませんでした」

「ん? さっきの奴らとは、また別口ってことか?」

 そんないろいろな者から追われているのだろうか。厄介な、と思ったが、娘はふるふると首を振った。

「いえ、命令の出処は同じです。山に入った時点で、山に慣れた者を集めたのでしょう。伊勢は山に入る直前に斬られました」

「ふーん……。じゃあ斬られてから、結構時間が経ってるってことかな。斬り口は見事だが、避け方も上手かったんだろう。この女子が避けたのか、何かがあって上手く斬れなかったのか、そう深く斬れてねぇ。まぁその後も動き回ったお陰で、血が止まる間がなかったようだがな」

 最後にサラシを巻き付ける。巻き付けるためには身体の下も通さねばならない。重実が女子の胸の下に手を突っ込むと、また娘は真っ赤になって顔を背けた。

「よっと。これで大人しくしてりゃ大丈夫だろ」

 布団をかけ、ようやく重実は娘に向き直った。宿場に入る前に髷は下して後ろで括っているだけだが、やはり単なる町娘には見えない。

「そういや姫様って言ってたな」

 姫様、と言われればそうも見えるが、本当の姫様にあのような物言いができるだろうか。あのような言葉遣いすら知らないものではないだろうか。
 娘は少し迷う素振りを見せたが、居住まいを正すと、重実を真っ直ぐに見た。

「わたくしは(つや)と申します。志摩の屋という両替商の娘で……これは伊勢」

「両替商の娘が、何で命を狙われてるんだい? よくある拐かしじゃねぇみたいだな。お家騒動って言ってたぜ」