「ほー、そうかい。じゃあとりあえず、焼酎とサラシを用意してくれ。実はおれたちも襲われてな。何、逃げる途中で転んだだけだよ」

 部屋に入って女子を下ろすなり、重実は老婆に言った。そんな軽い傷ではない、と言いたげな娘を目で黙らせ、老婆が出て行ってから手早く女子をうつ伏せに寝かせた。

「下手に刀傷なんざ見せねぇほうがいい。あの婆さん、追剥ぎに襲われた旅人を何人も見てる。ただの追剥ぎに斬られた傷かぐらいわかるだろう」

 得物によって傷も違う。素人にはあまりわからないが、傷を見慣れた者ならわかるかもしれない。遣い手であれば、切り口から相手の力量までわかるものだ。あの老婆がそこまでわかるとも思えないが、用心に越したことはない。

「それにしてもあんた、不用意に小判なんざ出さないでくれ」

 重実が言うと、娘はむっとした顔をした。

「何故です。宿に泊まればお金を払うのは当然でしょう」

「額が違うんだ。折角あんたがおれの妹のふりしてそれらしくしてもだな、行商人でも辻芸人でも、小判なんざ持ってねぇ。そんなもん目にすることができるのは、商人でも大店の旦那ぐれぇなんだよ」

 え、と娘が驚いた顔をする。そして、困ったように懐中から袋を取り出した。

「そうなのですか。困ったわ、手持ちのお金は、全て小判なので」

 掌に乗るぐらいの小さな巾着だが、重そうに膨らんでいる。その袋一杯に小判が詰まっているのかと、重実は眩暈がした。

「とりあえず、それは肌身離さず持っておいて、出さないでくれ」

「でも」

「いいから」

 ぐいぐいと重そうな巾着を娘に押し付け、重実は一旦部屋を出た。盥を借りて水を汲み、部屋に戻る途中で行き会った老婆から頼んでいた焼酎とサラシを受け取る。そろそろ夕餉の支度で忙しく、老婆もさっさと店のほうに戻っていった。

「よいしょっと。誰かが飯を運んで来たら、受け取っておいてくれよ」

 部屋の隅にあった屏風を襖の前に立て、重実は寝かせた女子の手当てにあたった。袴を脱がせ、着物も全て脱がせる。娘が慌てた。