「でぇっ!」

 どたーっと地面に倒れ込んだ重実の足から血が滴る。だが鳥居の傷は、そんなものではないはずだ。

「……ぐっ……うう……」

 鳥居は川のほうを向いたまま、刀を振り下ろした格好で突っ立っている。その足元には血溜まりができ、はらわたが垂れ下がっていた。

「楽にしてやるぜ」

 腹を裂いただけでは即死はできない。助からない分苦しみが長引くのだ。切腹でも介錯なしでは一晩のたうち回ることもあるという。致命傷を与えたら、即座にとどめを刺すのが武士としての情けだ。
 だが。

「ううおおぉぉ!」

 獣のような咆哮と共に、鳥居が反転した。

「ちぃっ!」

 はらわたを晒しているのに、どこにそんな体力があるのか、斬り上げてくる鳥居の刃を、重実は上体を反らして避けた。いきなり激しく動いたので、今の一撃でさらにどこかの臓腑が破れたらしい。鳥居は口から激しく血を吐いた。

「あの世に行きな!」

 重実が鳥居の首目掛けて刀を突き出した。が、重実の刀が鳥居の首を貫く瞬間、鳥居も同じように刀を突き出した。

『重実っ!』

 思わず叫んだ狐が、直後にむせる。そして苦しそうに、その場を転げまわった。

「……ぐぅっ……」

 重実の刀は過たず鳥居の喉を貫いている。が、鳥居の刀も、重実の喉を貫いていた。至近距離で、鳥居はにやりと笑うと、ようやく力尽きたように、どさ、とその場に頽れた。相討ちだと思ったのだろう。

「ぐ……うげっ」

 がく、と膝をつき、重実は己の喉を貫いている鳥居の刀を掴んだ。血がせり上がり、息と共に口の端から漏れる。
 そのとき、不意に人の気配を感じた。振り向くと、伊勢が蒼白な顔で立っている。手に抜き身を下げていることから、助太刀に飛び込もうとしていたのかもしれない。
 だが間に合わなかった。本来であれば。
 立ち尽くす伊勢の前で、重実は首から刀を引き抜いた。

「うげっ! がはっ……」

 げほげほとむせるたびに、血が辺りを染める。普通だと確実に致命傷だ。現に鳥居は死んだ。喉を押さえた重実の手も、見る間に血に染まり、傷の酷さを物語る。
 だが、重実は血を流し苦しみながらも倒れない。己で己の喉に刺さった刀を引き抜き、生きている。話では聞いていたものの、死なない、という事実を目の前で体現され、伊勢は青い顔で固まった。

「……これで、おれが化け物だってわかっただろ」

 ぐい、と口元の血を拭い、ぽつりと言う。若干声がかすれているのは、声帯が傷付いたからか。

『痛い痛い! 久々の酷い傷じゃあ』

 喚く狐を抱え上げると、重実は鳥居から引き抜いた自分の刀を納刀した。そして震えている伊勢を残して、靄が晴れつつある街道を歩いて行った。


*****終*****