まだ朝もやの残る街並みを、重実はぶらぶらと歩いた。狐は重実の肩の上で、襟巻よろしく丸まっている。

『何もこんなに朝早くに発たなくてもよかろうに。どこまで行くとも決めておらぬであろ』

 ふわ、と欠伸をしながら狐が言う。

「文句を言うな。お前は寝てたっていいんだから」

『馬鹿もん。わしがしっかり先を見定めないと、おぬしはどこに行くやらわからんくせに』

 行く先を決めていないとはいえ、とりあえずは宿場を目指したいところだ。だが重実の方向感覚では宿場に辿り着けるか怪しいものである。

「あんまり大袈裟に見送られても面倒だし」

 ぶらぶらと歩き、川沿いの道に出る。最後まで安芸津は重実が出て行くのを渋った。おまけにわざわざこの朝早くに伊勢までいたのだ。安芸津が知らせたらしい。ただ伊勢は何か言いたそうにしていたものの、結局口は開かなかった。

『さすがに無理やりついてくる気はなかったようじゃの』

「そらぁそうだろ。家や地位を捨てるほどの価値は、どう考えたっておれにはない。小野様に貰った金子も大方置いてきたし、そのうち安芸津様と祝言でも挙げるだろ」

『あのはねっ返りが祝言か。安芸津も物好きよのぅ』

 くくく、と狐が笑う。そして川縁に目をやった。

『見送りの者が、もう一人おるぞ』

 見ると川縁の柳の木の陰から、ゆらりと人影が通りに出て来た。

「ふふ、やっぱりな」

 肩に担いでいた小さな荷物を下ろし、重実は、ざっと周りを見た。道幅はそうないが、一対一で戦う分には不都合はないだろう。

「こうなるだろうと思って、人のいない時刻に出たのさ」

「わしの行動を読んでいたわけか」

 前方に立ちはだかった鳥居が、静かに口を開いた。

「あんたも剣客の端くれだ。おそらく腕に相当の自信を持っているだろう。だがおれだって負けてない。今までよりも、手応えを感じただろ? おれとはもう一度戦いたいと思うはずだ」

 狐を地面に降ろしながら重実が言うと、鳥居は僅かに口角を上げた。