「てんちゃん! ダメよ。つまみ食いしたら」
惟子の言葉など聞こえないように振舞いながら、てんはぱくりと揚げたてのドーナツを口に頬張る。

「熱っ! ゆいちゃんあついよ、あついよ」
足元でピョコピョコ飛び跳ねる天に、惟子は小さくため息を付きながらお茶を渡す。

「だから言ったでしょ?」
腰に手を当てて下を見据えれば、天はそれでもめげずにハフハフと言いながらドーナツを頬張る。

「美味しい、ゆいちゃん!」
その言葉にわらわらとたくさんの妖が惟子の周りを取り囲む。

「ちょっとみんな待って!」
慌てる惟子の元にクスクスとサトリの笑い声が聞こえた。

「惟子、俺にもくれるか?」
「いいって言う前に食べたでしょ? もうまったく」
怒っている様な言葉にも、惟子は幸せそうに微笑む。

「お嫁様は怒っていても可愛いな。なあ、天」
サトリの言葉に、天はじっと惟子とサトリを見た後大きく息を吐いた。
「あー、はいはい。邪魔するなってことですね。ゆいちゃん、もっとくれたら向こうに行ってあげる」
「なーに? その駆け引き」
そう言いながらも、惟子はお皿にたくさんのドーナツを積み上げると、テラスへと運んだ。

そこへ妖たちがわらわらと嬉しそうに走って行く。

「ただいま」
その言葉と同時に、サトリと惟子の唇が重なる。
「おかえりなさい。旦那様」

少しの間でもこの幸せな時間が長く続くように。惟子はそう願わずにはいられなかった。