残った後片付けなどをだいたい終え、お絹にも天狐が付き、順調に回復をしていることから、久しぶりに惟子とサトリは惟子のカフェに戻ってきていた。

そんなに月日は過ぎていなかったが、ものすごく久しぶりにこの場所に戻ったような気がして惟子はホッと息をはいた。


「おかえりなさい。旦那様」
「ただいま」
一緒に帰ってきたのだが、なぜかその言葉を言ってみたくて言葉にした惟子に、サトリも柔らかな笑みを浮かべた。

「なんかここに戻ってきたらお腹がすいた気がするわ。今は朝だったのね」
空は日がさして晴れている場所もあるが、そんな空の隙間からパラパラと雨が降るテラスの外をみた。

「お天気雨だな。珍しい」


サトリもそんな遠くの空を見ながら、ゆっくりといつもの場所へと座った。

「ねえサトリさん。どうしてもっと早くに私をカクリヨに連れて行ってくれなかったの?」
朝食をつくることにした惟子は、料理をする手を止めるとサトリを見た。

「まだ早いと思っていたからだ」
表情を変えずに言ったサトリに、惟子は大きなため息をついた。

「早いって?」
サトリは惟子の言葉は聞こえているのだろうが、返事をする気が無いように見えた。

「そうよね。私なんてどうせ役立たずの嫁だものね。連れていきたくなかったのよね」
お玉でぐるぐるとお味噌汁をかき混ぜると、惟子は泣きたくなるのをグッと耐えた。

「それは違う」

「どう違うのよ。どうせ私なんて光明のお嫁様の力がなければ必要のない人間だし。あれ?もうあやかしなの?その力も全然コントロールできないし、やっぱり役立たずよね……」
最後は自分の言っているセリフで自分を追いつめているだけだった。

(そうだ。私には特別な力があるといっても自分ではどうにもできない。黒蓮様の問題が片付いた今、私はもう必要ない……)

そこまで思ったところで、とうとう惟子の瞳から涙が零れ落ちた。

(せっかくの再会なのに喧嘩なんてしたくないのに……)

自分で言ってしまった言葉への後悔と、今までの寂しさ、そして片思いの苦しい気持ち、そんな色々な感情がごちゃまぜになり堰をきったように流れ出した。

「惟子!」

サトリは驚いた表情でキッチンへとくると、惟子をじっとみた。

「そんなわけないだろう……」
いつもとは違う、初めて聞くサトリの弱弱しい声に惟子は動きを止めた。

「何が違うのよ」
しゃくりあげながら聞いた惟子の頬をサトリは自分の手で包むと、そっと涙を指で拭った。

「最初は確かに、黒蓮より先に惟子を嫁にすることが目的だった」
そっとサトリはキッチンの火をとめると惟子を見た。

「食事の前に少し話そうか」
そう言うと、惟子の手を引きテラスへと向かった。

静かに雨の降る海をジッと見つめるサトリの横で、惟子はまだ涙が止まらずハンカチを握りしめた。

「初めは惟子のことを手に入れて、なんとか黒蓮を止めることだけを考えていた。惟子の力が解放されるとされていた2年前、すぐにでも惟子をカクリヨに連れて行くつもりだった」

「じゃあなぜ?!」
詰め寄る惟子にサトリは少し複雑な表情を浮かべた。

「惟子との時間があまりにも幸せだったから」
「え?」
あまりにも意外なサトリの言葉に、今までの勢いなどなくなり惟子はポカンとサトリを見つめた。

「ずっと気を張って生きてきた俺の長い時間の中で、初めて感じるゆったりとした幸せな空間。それがここにはあった」
そっと惟子の肩を抱き寄せると、サトリは言葉を続けた。

「一緒に食事をしたり、コーヒーを飲んだり。そして何より俺の大切な家族であるあやかしを躊躇せず優しく受け入れてくれる惟子を……守りたいと思った。危険しかないカクリヨに連れて行くことをためらうようになった」

初めて語られるサトリの言葉を惟子は黙って聞いていた。
「強制的に嫁にして、惟子の意思など全く無視をしてつれさった俺が惟子のそばにいていいのか。そんな風に思うようになった」