あやかしカフェはいつもにぎやか 旦那様救出作戦

「サトリ様!」
落ちる!そう思った瞬間、サトリを呼ぶ声と同時に柔らかな感触が惟子を包んだ。
それが天狐の尻尾だとすぐにわかる。

「大丈夫!サトリさん」
「ああ、少し力を使いすぎた。惟子は問題ないか?」
それでも心配そうに惟子に手を伸ばすサトリに、惟子はその手を力いっぱい握りしめた。

「私は大丈夫。守ってもらったから」
そう答えて惟子は微笑む。
自分の力を分け与えるように惟子はサトリを抱きしめた。
ホッと息をつく暇もなく、「うう」とうめき声が聞こえて惟子はその方向をみた。

「黒蓮!」
消滅したと思っていた黒蓮が、もとの姿で横たわるのみて惟子はビクリと身体をこわばらせた。

「どうして……」
サトリも惟子の力で幾分体力が戻り立ち上がった。

「覚李か?」
まだぼんやりするのか、上半身だけ体をおこした黒蓮はサトリの名前を口にした。

「何を言っているのよ? 当たり前でしょ? 今までさんざん攻撃していたのに」
その言葉に、イラっとして惟子は黒蓮に言葉を投げつけた。

「長い夢を見ていた気がする」
そう言った黒蓮を、惟子は信じられない気持ちで見据えた。

確かに、さっきまでの禍々しい邪気も、怒りも、なにもないように見えた。

「兄上……」

「どうなっているの……」
意味が解らず惟子は呟くように言葉を発した。

「サトリ様! 一颯がいません」
「逃げたか」

さっきまでいたはずの一颯の姿が見えず、二人は周りを見回した。


「サトリ様! ここももうだめです。退避を!」
いつの間にか外からきたサトリの兵たちの声に、惟子たちはその場から出ると、黒蓮の部屋にいた。


「まったく覚えておらぬのですか?」
サトリの言葉に深く椅子の腰を下ろした黒蓮は、困惑した表情を浮かべた。

「我は何をしたのだ?」
全く記憶のない黒蓮は、一連の話を聞くといきなり頭を下げた。

「それはわしの心の弱さだったのかもしれない。十数年前のあの頃、我は焦っていた」

「焦っていた?」
意外そうなその言葉に、サトリは同じ言葉を返した。

「ああ、お前が頭角を現したと聞いて、王位の座にこだわっていたつもりはないが、我は力がない。しかしお前に王座を奪われるのは悔しい思いがあった」

「そんな。私は……」
「わかっている。お前は王座を狙うようなことはしないだろう。しかし我にそう思い込ませた奴がいたのだ」
ギュッとこぶしを握ると、黒蓮は悔しそうに顔を歪めた。

「それは誰?」
惟子の言葉に、黒蓮は小さく首を振った。
「旅の商人だったが、芸人だったか……。あの頃我に近づいてきたものがいた。今となってはもうわかぬ」
黒蓮の言葉に、惟子は思い出したように言葉を発した。

「一颯は操られたままってことかしら?」
その惟子の言葉に、サトリは複雑な表情を浮かべると静かに答えた。

「操られたままなのか、もしくは黒幕が一颯……その可能性も捨てきれないな」
その場がシーンと静まり返った。

「黒蓮様、気づかれました!」

ずっと暁についていた医師の声に、惟子もその方へと歩みをすすめた。

「暁、ありがとう」
笑みを浮かべて惟子はベッドで横になっている暁に声を掛けると、暁はゆっくりと視線を動かした。

「悪かったな」
「いいのよ。命令されていたのでしょ? 最後は私を守ってくれたわ」
その言葉に、暁はゆっくりと頷くと目を閉じた。

「しかし、俺は……」

「暁、俺の嫁を守ってくれたこと感謝する」

「サトリ様!嫁!?」
サトリの言葉に暁は驚いたように目を見開き、起き上がった。

「まだ眠っていないとだめよ。それに……」

惟子の言葉を遮るように、暁はベッドから降りると床で土下座をした。
「サトリ様のお嫁様とも知らず、ご処分を」
「ちょっと暁……」
惟子が暁を起こそうとしたところに、黒蓮が歩み寄った。

「操られていたとは言え、お前にそのようなことをさせたのは我のせいである。お前が処分をというならば、先に責任を取らねばならぬのは我だ」

「そんな黒蓮様!」
暁の言葉を制止するように、黒蓮は手をかざすとサトリを見た。

「覚李、我は次期王の座を降りよう。お前こそ真の王にふさわしい」
真摯な瞳を向ける黒蓮に、サトリは小さく首を振った。

「その責任ならこれからの兄さまがお取りください。時期王として、この妖都をさらに発展すべく尽力してください。その手伝いでしたらいつでもいたしましょう」

「覚李……」
涙を浮かべる黒蓮にサトリは微笑むと、惟子に視線を向けた。

「暁、あなたもきちんと責任をとりなさいよ」
「え?」
惟子の言っている意味が解らないのか、暁は怪訝な表情を浮かべた。

「入って」
その言葉に、サトリの部下であろうあやかしと一緒に風花が姿を現した。

「暁!!」
暁の姿を確認すると同時に、風花の瞳からは涙が溢れだしおもいきり暁に抱き着いた。


「痛い、痛っ!」
「え? え? どうしたの? 暁……」
涙をこぼしながら心配そうな瞳で暁を見る風花に、惟子は風花をみた。

「風花、暁は私をかばってけがをしたのよ。ごめんなさいね」
「いや、違う!この人は俺を助けに来てくれたんだ」
暁の言葉に風花は泣き笑いの表情を浮かべた。

「お絹、本当にありがとう」
「ああ、そのことなんだけど……話が長くなるわね。またオムライスでも食べながら説明するわ」
暁と風花が二人顔を見合わせて微笑むその姿を、惟子はふふっと笑いながら見ていた。