そう叫んだ瞬間だった。

すさまじい衝撃が惟子を襲い、地面に叩きつけられることを覚悟した。

「あれ?」

どこにも痛みはなく、惟子の身体は浮遊するようにゆっくりと地面に足が付いた。

周りを見回せば一颯や暁、そして黒蓮も倒れているが目に映る。
「誰が……」

そう言ったところで、目の前の黒蓮がガタっと音を立てた。

「娘……!!」
怒気を含み、青白い炎が黒蓮を包み込んでいた。

「なんだお前、その光は!」
頭を振りながらなんとか立ち上がった一颯の言葉に、惟子は自分の手を見た。

赤とも紫ともいえない光が、惟子の周りを包みこみ自分でも力が宿るのがわかった。

「お前……まさか……」

自分素性が知られてしまっただろうか。黒蓮とは以前会ったことがある。
惟子はごくりと喉を鳴らした。

しばらくした後、黒蓮は大声を上げて笑い出した。

「自らここへ飛び込んでくるとは、なんと間抜けな」
「え?」
惟子は言っている意味が解らず、黒蓮を見据えた。

「お前をさらいに行ったことを覚えておらぬのか?」
バカにするように、それでいて威圧するような言葉に惟子はグッと唇を噛んだ。

「覚えているわよ」
なんとか答えると、惟子は一歩後ずさった。先ほどよりも更にぎらぎらとした黒蓮の瞳がそこにはあった。

「この娘が光明の花嫁か……」
今まで黒蓮と惟子のやり取りを静観していた一颯が静かに言葉を発した。

「え?」
「まだ何も知らないようだな……」
一颯のは呟くようにそう言うと黒蓮を見た。

「黒蓮様、早くこの娘を」

「わかっておる。ようやく手に入るのだ。俺の花嫁」
「何をするのよ!」

「儀式だよ」

「儀式って……」
ずるずると後ずる惟子の後ろを、一颯が遮った。
「逃がすか。お前を見つけられなかったがために、これらの犠牲が出たのだぞ」
ゾクリとしたその言葉に、惟子は目を見開いた。
「私の……変わり?」

「そうだ。お前さえあの時、2年前黒蓮様と一緒にきていれば、こんなことをする必要はなかったのだからな」

黒蓮が完全に覚醒するためには、光明の嫁の力が必要、そういうことなのだろう。
必死になって惟子を探していたのも、攫おうとしたのもすべてこのためだった。
ようやく色々なことがつながっていく。

惟子はその場に座り込むと、呆然とした表情で目をさまよわせた。

「サトリが必死になってお前をかくしていたのに、自らのこのこと飛び込んでくるとは……」
勝利を確信したかのように、高らかに声を上げた黒蓮の声が遠くから聞こえた。

「うそでしょ……私のせいで暁も、風花も、さっきみたあやかしたちも犠牲になったってことなの?」
信じられない思いで惟子は頭を振った。
現世で何もしらず幸せな日々をサトリと過ごしていた自分を思い出す。

(あの幸せは犠牲の上に成り立っていたものだったの?)

「ようやくわかったようだな。わかればそれをよこせ」
正常に働かない頭で、惟子は言われるがままに首のサトリからもらった石のついた鎖を外した。

「そうだ。こちらへ」
一颯が惟子の手からそれを奪うと同時に、黒蓮の手が伸びてきて指で惟子をつまみ上げた。

「さあ、さっきの力を出せ。もう一度先ほどの光を纏え」
言われてみれば先ほどの赤紫の光は消えており、今は何も感じることが出来なかった。
そして纏えと言われても、どうやって出したのかもわからない。

「わからないわ」
「わからないでは済まされない! わからないならばわからすまでだ」
そう言うと、一颯は気を失って倒れていたお絹の首に剣をかざした。

「何をするの!!」

「お前は先ほど暁を助けたい一心だったな。それならこれでどうだ?」
お絹の首から赤い血が一筋流れ落ち、気を失っていたお絹が苦痛に顔を歪めた。

「ああ、綺麗な赤い血だな」
ぺろりとその血液のついた刃物をなめると、一颯は惟子を見た。

「警告ではない。次は本当にこの娘の首を切り落とす」
冷淡な低い声に、惟子は狼狽しドクドクと血液が逆流するような感覚に襲われた。

「これでこの世は闇の世界になるのだ。平和なあやかしの世界などまやかしだ。邪開くな闇の力が支配するのだ」

「黒蓮様その通りです」

(邪悪な闇?邪悪な闇なんて……そんな世界はやっぱり間違ってる!)

そう惟子が思ったお同時だった。

「惟子!!」

フワリと今度は体が浮き、力いっぱい抱きしめられる。
その瞬間惟子の瞳から涙が零れ落ちた。
慣れたその力強い腕をどれだけ自分が待ち望んでいたか、どれだけ今までずっと気を張っていたかがわかった。

「サトリさん!!」