ピチョン……
ピチョン……

冷たい……!

頬に当たった冷たい感触で私は目を覚ました。

どこ? ここ……

うっすらと目を開けたつもりだったが、視界の暗さに私は目を凝らした。


少しずつ目が慣れてくると、薄暗い冷たい石でつくられた場所だった。
牢獄とでもいうのだろうか。

「どうしてこうなったの?褒美をくれるといっていたはずなのに」

「騙されたのよ」

呟くように零れ落ちた惟子の言葉に、隣からため息交じりの声が聞こえた。


「え?」

暗くて見えない惟子に、その声の主は今度ははっきりとした声を発した。

「明かり灯せばいいじゃない」

その言葉と同時にポワッと周りが明るくなった。

「ああ、妖火。私はできないから」
自分にはできないが、あやかしならできるのだろう。
そんなことを思っていると、意外な言葉が降ってきた。

「できない? なのにどうしてここにいるのよ?」
慌てたようにも聞こえるその言葉に、惟子は明るさに慣れたところでその相手をみた。

真っすぐの黒髪に、二重の切れ長の目、色白な惟子ぐらいの年のあやかしだった。
どちらかといえば惟子に似ていて、服装も……

「お絹?」
惟子の言葉に、はっきりとそのあやかしは目を見開いて驚いた表情をした。

「どうして?」
当たり前だろう、いきなりこんなところで初めて会って、名前を呼ばれるなど到底思っていないはずだ。

「そうなの? 西都のサトリさんのところで働いていたお絹なの?」
自分と同じ柄の着物を見て、惟子はお絹に詰め寄った。

「そうよ。なんであなたが私を……」
「まあそうよね。訳があってあなたの着物を借りていたの。私は惟子」
そこまで言ったところで、お絹が口に指をあてて慌てて妖火を消した。

「寝たふりをして」
耳元で小声でささやかれ、惟子は慌てて横になると目を閉じた。

しばらくするとコツコツという足音ともに、誰かが見回りをしているのがわかった。

「もういいわ」
足音が聞こえなくなると、お絹は先ほどより小さな妖火をつけると惟子をみた。

「よくわからないけど、惟子というのね」
「ええ、どうしてお絹はこんなところに?」

お絹は現世へと言ったと太郎から聞いていた。
それなのにこんな場所にいるなど、惟子には訳がわからなかった。

「騙されたのよ。私もあなたも」
静かに諦めたように言ったお絹に、惟子も自分の状況を思い出した。

「そうよ。確かに私も騙されたんだわ」
ポンと手を叩いた惟子に、お絹は苦笑した。
「あなた凄いわね。こんな状況にもめげなくて」
自嘲気味な笑みを浮かべながら、お絹は目を伏せた。

「私はバカだったのよ。どうしても一度だけ現世を見てみたくて、うまい口車にのってしまったのよ」
「そうだったの……でもここはどこなのかしら? どうして捕らえられたのかしら」

(私やお絹を騙しこんな所に閉じ込めて何をするつもりなのだろう?)
惟子は思案しながら周りを見渡すも、石と鉄の頑丈そうな牢しか見えず小さくため息を付いた。

「私も確かなことはわからないわ。でも、こうして女をさらっているのだと思うわ。私が1週間前に来たときは他にまだ捕まったあやかしがいたのよ。でも……」


「どこかに連れていかれた?」
静かに言った惟子の言葉に、お絹は静かに頷いた。
「次は私の番だと思っていたところに、あなたが来たのよ」
お絹の言葉に惟子は頭を巡らせる。

「人身売買とかかしら?」
「そういうのではないと思うわ。それならこんな〝下”に連れてこないだろうし……それに」

「ここは〝下”なの?」
言葉を遮った惟子に、お絹は「ええ」と何度か首を振った。

「ああ、ごめんなさい。それに?」
お絹に言葉の続きを促すと、お絹はグッと目を閉じ頭を抱えた。

「悲鳴が聞こえるのよ。すごい悲鳴。きっと、何かが……何かが行われているのよ……次は私の番……」
涙をポロポロとこぼしながら、お絹は「サトリ様ごめんなさい」とつぶやいた。

「サトリ様とは仲が良いの?」
お絹を落ち着かせようと、惟子は自分も深呼吸をすると声を掛けた。
「ええ、サトリ様とはずっと兄妹のように育ったのよ。私の父がサトリ様の武術の教育係をしていて」
しゃくりあげながらも、サトリとの思い出をゆっくりとお絹は語りだした。