8年前　

『惟子！』

（おばあちゃんの言葉が遠くで聞こえる）

昔から多少、人には見えないものを感じることがあった惟子だったが、特になんの問題もなく幼少期を経て中学生になった。

両親は考古学やら、歴史などの研究をして世界中を飛び回っていたため、惟子家族は父の祖父母と同居している。

その日は飼っていた「まる」という犬の散歩を祖母としていた。夕日のきれいな川沿いの道で、惟子は突如めまいがして、川沿いの土手でふらつき足を滑らせた。

落ちる！

そう思った時には、春のまだ冷たい水が容赦なく惟子を飲み込み、なぜか惟子の周りを渦巻くように飲み込まれていく。

【誰か助けて！】

そう思うも、動けずにいると何かに引っ張られるように、ずるりと体がどこかに落ちる感覚に襲われた。

【ああ、あの世にでもいったのかな……】

そんなくだらないことを思いつつ、惟子は意識を手放した。

次に何やら聞こえてきた声に、惟子は思い目を開こうとするも、何かの力に阻まれているかのようにできずにいた。

『ねえ、この子どうしてここにいるの？』

『だからサトリ様のご命令だったんだよ』

『どうしてこの子をこちらの世界に連れてきたんだろうね？』
小さなささやきの声はやがて大きな声によって、ピタリと止まった。

『何をごちゃごちゃ言ってる？』
今までの高い声ではなく、確実に大人の男の人とわかる声に、惟子はビクリとした。

『だってサトリ様、どうしてこの子、もとにもどさなかったの？』

『まあ、みんな落ち着け。この娘は特別(・・)だ」
なにやら含んだその言い方と、声音に惟子の恐怖はピークに達する。

（死んだんじゃないの？え？ここは地獄？）

そんな事を思っていると、不意に惟子は頬に触れる何かにびくりと体を揺らした。

その瞬間あれだか重たかった瞼が軽くなった。
しかし、目を開けるのが惟子は怖かった。当たり前だが、いまの会話から絶対に自分と同じものがそこにあるとは思えなかった。

『どうした？もう目を開けれるだろ？』
不思議そうに言ったその言葉に、惟子は怖いもの見たさも手伝ってゆっくりと目を開く。

そこにあったのは、真っ赤な瞳だったが、惟子と何か変わることのない人間と同じ顔だった。

嫌、同じというには申し訳ないぐらい、端正な顔立ちをしていた。
『あなたは？』
そっと体を起こそうとすると、ズキっと肩が痛んでまぎれもなく土手から落ちたのは夢ではなようだった。