「惟子。ただいま」
甘く響くその声に、惟子はくるりと振り返ると雨の中に立つその人に笑顔を向けた。

「おかえりさない。覚李(サトリ)さん。でもちゃんと玄関から帰ってきてっていつもいってるでしょ?」

フワリト浮いたまま、サトリはその惟子の小言が聞こえたないようなふりをして、そのままテラスから入って来る。

その瞬間サトリの周りだけ振っていなかった雨が、ザーッと音を立てて地面を濡らす。

「もう」
惟子はブツブツ言いつつも、料理を作っていた手を止めた。
「あら?サトリさん今日はもしかして……」
惟子はサトリの服装に気づき、表情を曇らせた。
いつもは、男性版浴衣のような感じでふらりと現れるサトリだが、今日は狩衣(かりぎぬ)という平安時代の貴族のような服装をしている。

それはすなわちサトリの仕事の日の正装である。
紫と黒の狩衣はとても似合っていて、惟子は見とれつつもサトリのもとに小走りに駆け寄った。

そして、いつも通りギュッと抱き着いた。
「旦那様今日もお勤めご苦労様です。おかえりなさい」
そんな惟子をキュッと抱きしめると、サトリはホッと息を吐いた。

「今日の相手はそれほどでもなかったから大丈夫だ。でも少しだけ惟子に清めてもらいたくて、雨を降らせてしまった。悪かったな」
その言葉に惟子はフルフルと頭を振ってサトリを見上げた。

二人の世界で見つめあっていると、足元に気配を感じる。

「ねえ、ゆいちゃん、サトリ様、それぐらいにして。夫婦の再会は後で二人でやってよ。僕お腹すいたよ」
てんの声に惟子はハッとしてサトリから離れると、テンを軽く睨みつけた。

「てんちゃん、これは私のお仕事なの。サトリさんの浄化よ」
少し照れつつ、くるりと踵を返してキッチンへと戻る。