「お待たせしました」
湯気の立ち上る、コーヒーとともに置けば、惟子の見たかった笑顔の二人がいた。
「ゆいちゃん、おはよう」
次に聞こえた声に、惟子は「いらっしゃいませ」と振り返った。
モーニングの時間が終わり、少し一息ついたころ、惟子はあることに気が付いて、テラスへと足を向ける。
「あらおはよう」
広がるブラウンのテラスの隅っこに久しぶりに見た、小さな生き物に惟子は笑顔を向ける。
「ゆいちゃん、久しぶり。今日は雨が降るよ」
「え?」
その猫ともいえない、タヌキとも言えない、それらを足して2で割ったような生き物である、直径15センチほどの生物はピョコピョコと歩きながら惟子に告げる。
「本当に?」
その言葉に惟子は、雲一つない空を見上げる。
「本当だって。本当だって」
小さな小さな3本の指を空に掲げると、パタパタと手を叩く。
「あっ、まだダメよ!」
その言葉と同時に、ポツポツと冷たいしずくが落ちる。
惟子は慌ててテラスに干してあったトマトに向かって走る。
「てんちゃん、急にはやめてよ……」
ぼやきながらも、半分ほど乾いたトマトを急いで店の中にいれると、そのてんという生き物を軽く睨んだ。
「だって、ゆいちゃんが信じてくれないから」
そんなことを言いながらも、てんは嬉しそうに雨の中を走り回っている。
「信じてないなんて誰も言ってはいないでしょ?」
呆れたように言った先から、大粒の雨と分厚いグレーの雲が姿を現した。
「今日はもう店じまいかしら……」
あまり雨の降らないこの街では、なぜかめったに街の人たちは姿を現さない。
「店じまい、店じまい。僕たちの時間だよ」
嬉しそうにいうてんに、惟子は諦めたようにため息をついた。
そう、ここは妖のくるカフェ。
雨の日だけ営業する「あやかしカフェ」。