『お父さんの服、あやかしが切ろうとしてたの。だから、止めようと思って……』

『またなの? なんで、あなたの周りではおかしなことばっかり起こるのよ! あやかし? あなたのほうがよっぽど……化け物よ』

 『化け物』のひとことが胸に鋭く突き刺さり、息もできないほどの痛みに襲われる。

私は泣きそうになって、俯きながらお母さんの横を通り自分の部屋に入った。勉強机にランドセルを置くと、すぐに玄関に戻って靴に履き替える。


『行ってきます』


 すでにお母さんの姿はなかったし、誰も聞いてはいないと思うけれど、一声かけてから家を出る。


 私、どうしてここにいるんだろう。

 自分だけが生まれてくる世界を間違えたみたいに、どこにいても居場所がないような気がして苦しかった。

 沈んだ気持ちのまま住宅街をあてもなく歩いていると、急に話しかけられる。


『そこな人間、我を捕まえられるなら捕まえてみよ!』

『わっ』


 驚いて肩をびくっと震わせた私は恐る恐る周囲を見回す。

すると、人の家の門の隙間から茶碗の頭をした着物姿の子供が顔を出していた。

 これは付喪神だ。

長年使った道具に宿る神様で、人をたぶらかすのが好きなのだと、別の付喪神が話していた。

どうやらこの付喪神は、茶碗に宿っているらしい。


『ほらほら、ついてこい!』

『待って!』


 いきなり駆け出した付喪神を反射的に追いかける。

半ば強引に誘われて鬼ごっこをすることになったけれど、走っていると嫌なことを忘れられた。