「俺は、俺のものを傷つけられると心底腹が立つ。だから――」


 言葉を切った朔は再び私を抱く腕に力を込めると、怯えるようにこちらを見ている社員たちに向かって一歩を踏み出した。


「人間ども、覚えておくといい」


 朔の冷ややかな声に合わせて、割れた窓ガラスの破片が宙に浮き上がる。

怪奇現象を目の当たりにした社員たちは『ば、化け物だーっ』と悲鳴をあげ、中には腰を抜かしている者もいた。


「この女は神である俺の花嫁だ。その身だけでなく、心も傷つけることは許さん」

「こ、殺されるーっ」


 社員のひとりが叫びながらフロアを飛び出していくと、恐怖が伝染したのか、それに続いて他の人たちもその場から逃げ出していった。


「尻尾を巻いて逃げ出すくらいなら、喧嘩を売らなければいいものを」

 吐き捨てるようにそう言って、朔は私を抱えたまま踵を返す。

「いたくもない場所に縋りつき、傷つくお前をこのまま見過ごすつもりはない」


 ガラスが割れ、風が吹き込む窓に向かって歩く朔は前を向いたままそう告げると、足を止めて私を見下ろした。

その瞬間、桜の花びらが私たちを包み込むように吹き荒れ、思わず目を細める。


「だから――お前を攫うぞ、雅」


 安全と引き換えに、普通に恋をして愛する人と結ばれる幸せを手放すなんて代償が大きすぎるけれど、毎度毎度あやかしを自力で退けられるとは限らない。

 それに――今の『攫う』は、私のためを思ってのことのような気がして……。

私は返事の代わりに、朔の着物にしがみついたのだった。