『ただいま』


 ためらいがちに声をかけると、洗濯物のカゴを抱えたお母さんが玄関の前を通る。


『……帰ってきたのね』


 私の存在に気づいたお母さんは、足を止めて怯えるように表情を凍りつかせた。

 私の頭の中で、お母さんの『帰ってきたのね』という言葉がぐるぐる回っている。

 自分の家に帰ってくるのは当たり前なのに、まるで帰ってきてほしくないみたいな言い方。私は知ってる。

お母さんは気味の悪い私に、消えてほしいと思ってるんだ。

ここは私にとっても、帰りたいと思える場所ではない。

でも、戻る場所はここにしかない。子供の私には、行きたいと思う場所に行ける力はなかった。

 胸が重くなるほどの沈黙が降りて、私はふとお母さんが抱えている洗濯物カゴを見る。

すると、手がハサミのようになっている老婆のあやかしがお父さんのワイシャツをチョキンッと切っているのが見えた。


『あっ、ダメ!』


 思わず大声を出すと、お母さんがひいっと小さな悲鳴をあげて持っていた洗濯カゴを落とした。


『今度はなんなのよ!』

 小刻みに足を震わせながら、お母さんは私から距離をとるように後ずさる。