「ちょっと、お話があるんですけど」


 私と同じ寝間着――白い浴衣に身を包んでいる朔は、気怠げに「なんだ」と答えつつ流し目を向けてくる。

 漏れ出る色気にあてられながらも、私はぐっと拳を握りしめた。


「これはどういうことですか!」


 ずっと喉まで出かかっていた不満を吐き出す。

 式の最中、泣きながら喜んでくれている白い狛犬さんと、有無を言わさない威圧感を放つ黒い狛犬さんに終始睨まれていた私は、『結婚しません』なんてこと、とてもじゃないが言えなかった。

今はそれを心底後悔している。


「私の意思も関係なしに、ひどいじゃないですか!」

「結婚のことを言っているのなら、本当にひどいのはどちらか考えてほしいものだが。一度した約束をすぐに忘れてしまうのは人間の性質か? それともお前の頭に問題があるのか、どちらだ」

「は?」


 神様相手に失礼だという自覚はある。

 でも、よくわからない言い分をぶつけてくるうえに数々の暴言。これを平常心でかわせるほど、今の私に余裕はない。


「私、帰ります」

「なに?」

 朔の眉がぴくりと動いたが、気にせず寝室の襖まで歩いていく。

「あなたの嫁になるつもりはありませんし、明日も仕事があるのでお暇します。朝、早いんですよ? もう神隠しとか、本当にやめてくださいね?」

 朔を振り返って念を押したあと、私は襖に手をかけた。そのとき――。

「ふたりともーっ、ちゃんと仲良くしてるかなーっ」

 勢いよく開いた襖から白い物体が飛び出してきて、私の顔面にぶつかる。

「ふがっ」

 そのまま後ろに倒れた私は、お腹に重みを感じて下を向いた。

 すると、額に桜の痣がある白くてふわふわの毛並みをした子犬がつぶらな青の瞳をキラキラさせて、私を見つめている。