……おい、セラミック……。
……起きろよ。いつまでそうやって寝てるんだ?
「おい、セラミック! 起きてくれ!」
「う~ん……?」
セラミックは誰かに揺り動かされて、再び眠りから目覚めた。くすんだ顔を起こすと、目の前にある焚き火の炎がパチパチと爆ぜながら、優しい光と暖かみを供与し続けている。
「ん? ……どうしたんだ? 泣いているのか?」
松上晴人が、心配そうにセラミックの顔を覗き込んでくる。彼は深夜まで寝ずの番をしてくれたセラミックの事を気遣い、長時間ぐっすりと眠らせてくれたのだ。
思わず耳まで真っ赤になり、両手と毛布で顔を隠した。
「ごめんよ、セラミック。もう家に帰りたいのか……。そうだよな、家族も心配しているはずだし。……本当にすまない。俺のせいでこんな事になっちまって……」
「…………! 違うの! 悪い夢のせい」
思わず声が出た。そしてセラミックは見た。やつれ気味に戸惑う松上晴人の横顔を。申し訳なさそうに、目も合わせてはくれない。
彼も負傷し、極限状態の中で相当に頑張っているはずだ。なのに泣き言も一つ漏らさず、気丈に振る舞っている。その態度を目の当たりにして、セラミックは複雑な感情が渦巻き、何だか更に涙が溢れ出してくるのだ。
「さあ、もう泣かないで聞いてくれ」
「うん……」
「実は外部から微かに聞こえてきたんだ。俺達を呼ぶ声が、崖の上の方から確かに聞こえた」
「!! ……ひょっとして救援隊?」
「そうかもしれない。いや、きっとそうだ!」
松上は手短に説明した。まだ動くドローンを飛ばして、2人がまだ生きている事を救援隊に知らせる手筈を。更にどこで救助を待っているのか、崖下までドローンを使って誘導すると言う。
「セラミック、君の力がどうしても必要なんだ」
「ええ、何でも言って」
「電波が届く外部にて、ドローンをリアルタイムで無線操縦する訳だが……」
「VRゴーグルを通して操縦している間は、無防備になって周囲の状況が全く分からなくなるのね!」
「……そうだ。外にはまだ凶暴なトルヴォサウルスがウロウロしているはずだから、セラミック! コントロール中の俺を守ってくれ」
「分かったわ!」
松上とセラミックは向き合うと、笑顔で握手を交わした。言葉にはできなかったが、無事に2人で現代に帰還するという固い意思を伝えたのだ。
涙が乾いた目には迷いなどなかった。セラミックは立ち上がると、89式小銃のコッキングレバーを引いて初弾を装填、セレクターの安全位置を確認した。
「我々の生存が絶望視され捜索打ち切りになると、グッと生き残る確率が低くなってしまう。何としても今、俺達が崖下で救助を待っている事を知らせるんだ」
「ええ、もう食料も乏しいし、現代に戻ってお風呂にも入りたいわ」
「ああ、温泉にでも浸かってゆっくりビールが飲みたいな。セラミック、その時は背中でも流してくれないかな?」
「いいですよ……って言う訳ないじゃないですか!」
笑うセラミックの脳裏には、もう少し松上と2人でこの空気を味わっていたいとチラリと過ぎる物があったが、内緒にしておこう。傷口の化膿が始まったのか、彼の包帯を取り替えた時、臭ってきた事実が心に重くのし掛かる。
焚き火を揉み消して荷物を纏める頃、セラミックは匍匐前進しながら外部の様子を伺った。
土砂崩れの現場は、バラバラになったアロサウルスの巨体が転がり、相変わらずトルヴォサウルスの若い個体が骨をむしゃぶっている。首筋にフサフサとした羽毛が密生しており、ライオンの鬣を連想させる姿だ。
松上も息を殺して静かに洞窟外に出ると、電波送受信状況を確認しながらドローンの無線操縦にベストな位置を探り始めた。
松上晴人が言う通り、確かに崖上から人の声が聞こえてくるような気がする。2人は思わず大声を張り上げて助けを呼びたくなったが、トルヴォサウルスにすぐ見付かってしまうだろう。
銃声で知らせる方法もあるが、何頭いるか分からない肉食恐竜をなるべく刺激したくない。残り少ない弾薬を使って闇雲に発砲しても、救援隊が本当に到着しているかどうかの保証はないのだ。
「よし、準備は整った。ドローンを今から飛ばすから、ガードを頼む、セラミック!」
「……OK! がんばって、松上さん!」
松上は、シダやソテツの葉っぱを全身に巻き付けて偽装した。木に寄りかかりながら、ドローン搭載の小型軽量カメラから逐次送信されてくる映像をVRゴーグルで見ている。未だに位置は不明のままだ。
ここにきて、不時着したドローンが離陸できない。木の枝や葉っぱがプロペラに絡まっているのかもしれない。もし4つのプロペラの内、1枚でも衝撃で折れていたら、バランスを崩してまともに飛び立たないだろう。
「お願いします! 飛んでください!」
松上の神頼みにも似た言葉は、自然とコントローラーを操作する指を力ませる。
絡み付くツル植物が犬のリードのようにドローンを引っ張り、最後まで上空への解放を拒む。
モーターが限界まで唸り、4つあるローターの回転がMAX状態となる。
振り子のごとく宙に揺れる虚しい映像が送られてくる中、このままでは、あっと言う間にバッテリーが上がってしまうだろう。
『……飛べ~!』
思わずセラミックと松上が抱く心の声がシンクロし、爆発したように地表を伝わった。
トルヴォサウルスが死肉を食らうのを中断し、振り向いた瞬間……ドローンが大空を舞ったのは偶然なのだろうか。
好奇心旺盛な若い恐竜は、牙の隙間から臭い息を発しながら松上の方へと一直線に移動を始めた。
「それ以上は近寄らないで……松上さんには牙一本、触れさせない!」
最終防衛ラインを突破すると同時に、窪みに隠れていたセラミックの89式小銃が火を噴いた。数十メートル先のトルヴォサウルスは、弾が貫通するとライオンのような鬣が鮮血に染まり、七転八倒してもがいた。
もはや、なりふり構っていられなかった。希少種だの子供だの躊躇していては、あっと言う間に捕食されてしまうだろう。ここは完全なる弱肉強食の世界、中生代ジュラ紀の真っ只中なのだ。
生き残りを掛けた2人は、妙に鮮明となった頭の中で思考する。
人はいつから他の生物に対して上から目線となったのか……そんなの驕り高ぶりだ。
数が少なくなった野生動物の保護・育成なんて罪滅ぼしのつもりだろうか。
恐竜時代の圧倒的な生命力の前には、人類の英知も霞んでしまう。私達も、ここでは何と矮小な存在でしかないのだろうか……。
白いドローンは曇りがちな空を滑らかに上昇し、徐々に高度を下げながら崖崩れの現場まで安定した飛行を見せた。崖上には救援隊と行動を共にしていた吉田真美が周囲を見回している。画面を通して遠距離から、不安げな中山健一の姿も捉えられた。
「……今、銃声がしなかった? 健一君」
「したした! 確かに聞こえたわよ! ほら! 1発だけじゃないわよ! ねえったら! 皆聞いて!」
銃声が何発もこだまする中、ポニーテールの中山健一は、上空をホバリングする草まみれドローンのカメラと視線が合った。
「きゃあああああ! 彼は生きているわよ! 間違いないわ、早く助けに行かないと! 救援隊! 何してるの! ウチのリーダー……松上とセラミックを一刻も早く救助するのよ! 急いでよ、もう~~!!」
「セラミック! 真美さんと健一君は無事だぞ! 救援隊にも俺達が生きている事が伝わったはずだ!」
崖上にドローンを着地させた松上は、VRゴーグルを外してセラミックの元に急いだ。
「おおっ! ついにやったな、セラミック! 恐竜ハンティングに初めて成功したじゃないか! おまけに誰からもサポートを受けずに、たった1人で倒したのか……。しかも初戦果が肉食恐竜だなんて、こいつは凄いぞ! 成体じゃないとはいえ、獰猛なトルヴォサウルスを狩るとはね……。もし初心者だったら、真美さんや健一君、いやいや俺にだって無理かなと思う。本当におめでとう、今日から君は……」
「はい……」
松上からこの上ない賞賛の言葉を貰っても、セラミックは複雑な表情のままだった。無理に口元を歪めて笑顔を作るのが精一杯。3発もの銃弾を至近距離から食らい、血まみれで息絶えたトルヴォサウルスの最後に茫然自失となり、視線が釘付けになると同時に視点が宙を彷徨った。
「……しっかりしろ、君は恐竜ハンターなんだろ」
「松上さん、私、私……!」
松上はセラミックから89式小銃を奪うように受け取ると、代わりにドローンのコントローラーを渡し、VRゴーグルをセラミックの頭から被した。
「うわ!? 何ですか急に」
「悪いがドローンの操縦を代わってくれ。君ならレクチャーしなくても、きっとできる。大丈夫だ、飛ばせるよ、たぶんね!」
「ちょっと無理です。感覚が……掴めません。本当に自分の周囲で何が起こっているのか、全く分からなくなりますね」
「いいからドローンのバッテリーが続く限り、救援隊を崖下にまで案内してやってくれ。落とすんじゃないぞ」
弾倉を銃から外すと、松上は残弾を慎重にカウントした。残り8発である事を確認すると、軽く奥歯を噛み締めた。
肩の傷口が疼き、腕の感覚も消失ぎみ。まともに銃が構えられない自分のコンディションを瞬時に悟ったのだ。若干、意識が朦朧として、立っているのがやっとな状態である。
「真美さんが、ドローンのカメラ越しに何か伝えてきますよ! 紙に書かれた文字にはピントが合いにくいなぁ。え~と、『通信機を・ドローンに・しばりつけるから・回収しろ』だって……」
セラミックが独り言のような報告をしている間、ついに松上はフラついて片膝を着いてしまった。しかしながらVRゴーグルを装着し、集中している彼女には当然その事は分からない。
「――逃げろ、セラミック」
「え? 何言ってるんですか? 聞こえませんよ、松上さん」
「早く洞窟まで逃げろってんだ! お客様がまた来たぜ」
ゴーグルを首に掛けると、ライオンの鬣をした恐竜が4、5頭連れだって鬱蒼とした森から姿を現した。臭いに敏感な奴らは、キョロキョロとしながら白い瞬膜を水平方向に動かし、盛んに瞬きを繰り返している。
「ドローンはもういいから、先に逃げろ」
「松上さん!」
「すまないな、セラミック。もう武器は棒の先に括り付けたナイフしかないのだ。これでも、ないよりは幾分かマシだろう。さあ、お願いだから行ってくれ」
あくまで冷静な松上は、先頭のトルヴォサウルスに向かって発砲した。警告のつもりだったが、手元が震えて胴体をかすめただけだった。
「そして隠れたら、残り火を使って、もう一度火を起こすんだ!」
セラミックは渡された短いナイフ槍の柄を握ると、首肯する代わりに松上の後ろからピッタリと背中合わせとなり、立つのを支えた。
「おいおい、俺の言う事を聞いてくれよ……」
彼は苦笑すると、もう何も言わずに黙ってしまった。
1頭が仲間の死体を貪る間、残りの肉食恐竜が見慣れぬ獲物に向かって早足で接近してくる。
「来るな馬鹿恐竜! 逆に食っちまうぞ!」
猫の鳴き声に似た音を発しながら、群れは互いにコミュニケーションを図っているようだ。連携が上手にできているという事は、高度な頭脳を持つ証でもある。
松上は息を止めて、最も大きな体躯をもつ個体に狙いを定め、慎重に引き金を引いた。
顎にヒットしたライフル弾は、シャッと短い叫びを残して群れのリーダー格を脱落させる。驚いた事にトルヴォサウルスの統率は、その後も乱れる事はなかったのだ。
「あと、3頭! ……いや、4頭! 更に数を増すか」
セラミックに背を支えられている松上は、左右に分かれたトルヴォサウルスの先頭をターゲットにして射撃した。
腹部の気嚢に命中した弾丸は、恐竜に気味の悪い声を発生させる。生意気にも奴らは哺乳類よりも効率がいい呼吸システムを持っており、鳥類と同様に低酸素状態でも平気で活動する事ができるのだ。
「くそ、何てしぶとい奴らだ! いい加減に諦めろ!」
続けて2発を後続に放つが、腕を吹き飛ばしただけで致命傷には至らない。セラミックは目の前で繰り広げられている光景が、あまりにも非現実的すぎて映画のワンシーンのように思えた。
「おかしい……。銃で撃たれた事がないから、恐怖心がないみたい。音には敏感なはずなのに……」
「俺達がそんなに弱っちく見えるのかね?!」
銃声には確かに怯むのだが、数頭が執念深く踏み留まった。尻尾を鞭のようにしならせながら、様子を伺うように旋回し、一定距離を保っているようだ。
素早い動きに翻弄され、松上は徐々に狙いを外す。図体がデカい分、急所にでも命中させない限り、1発ではうまく倒せない。
「くそ! もうすぐ弾切れだ! 洞窟まで走れるか? セラミック!」
そう言う松上自身が足を引き摺り、走れる状態でないのは明らかであった。
肩を貸して走るセラミックがトルヴォサウルスを睨み付けた時、遠巻きにした包囲網が徐々に狭まってくる気配を感じた。松上の小銃が火を噴く度に目がくらみ、大音響に耳がつんとなる。
『ここまで2人で頑張ってきたのに……本当にくやしい』
捕食対象として人間は、とても魅力的に映っているのだろうか。フサフサとした鬣を風に揺らせながら肉食恐竜の群れは威嚇音を発し、周囲をぐるぐると回る。その内の1頭が距離を詰めて、今にも飛び掛かってきそうな勢いだ。
「最後の1ッ発だ!」
渾身の一撃は、惜しくもかわされた。思わず槍を握るセラミックの腕に力が入り、額から汗が一筋流れ落ちる。
瀬戸際の緊張が最高潮に達しようとした正にその時、奇跡のような瞬間が訪れた。
トルヴォサウルスは、赤子のような短い警戒音を発すると、我先にと文字通り尻尾を巻いて樹海に向かって退散し始めたのだ。
「一体、何が……起こった……?」
松上が張り詰めた緊張の糸を緩めようとしたタイミングで、その答が現れた。細身の貴婦人のような美しい姿をした肉食恐竜が、樹海の木々の枝を器用に避けてヌッと2人の前に躍り出た。
「あれは……何?」
「……! 奴だ、今度はアロサウルスだぜ、セラミック……!」
松上は呆けたように見とれると、しばし絶句した。もう運命に抗う術は殆ど残されてはいない。そんな無力な男女を嘲笑うかのごとく、アロサウルスは足元にばたつく瀕死のトルヴォサウルスにとどめを刺した。
どうも生きている獲物にしか興味が湧かないらしい。周囲に散乱する鬣付き恐竜の血まみれ死骸は、臭いをすんすんと嗅ぐだけのようだ。
「参ったな……」
弾倉が空となった小銃はとっくに捨ててしまった。松上は冷たい銃の代わりにセラミックを、まだ自由に動く方の腕で強く抱き締めた。
『君だけでも逃げろ』
セラミックは僅かに両目を見開いた。言い尽くせない感情が綯い交ぜとなった彼の、囁くような心の声を確かに聞いた気がする。
「松上さん……」
大きさを感じさせない脅威的な身のこなしでアロサウルスが迫り来る。さすがに雑魚恐竜とは比べ物にならないほどの絶望感だ。
――どこからか大口径の銃弾が多数降り注ぎ、地面を派手に掘り返す。爆発的な衝撃が空気を震わせると、さすがにジュラ紀最強の肉食恐竜も泡を食って跳ねた。
「松上さん! セラミック! 助けに来たわよ! まだ生きてるの~!?」
聞き覚えのある声の主は、やはり中山健一だった。崖崩れの現場からザイルを使って降下中に射撃を敢行してきたのだ。
彼が持つ、自慢の50口径の銃口からは、熱く白い煙がたなびく。
「受け取って、どっちでもイイから早く!」
叫び声と共に急峻な崖から滑り落ちてきたのは、片手で連射可能な大型ショットガンであった。
セラミックがはっきり覚えているのは、自分でも信じられないスピードと力で重い散弾銃を松上に手渡した事。両耳を両手で塞ぎ、腰を曲げると自ら銃架の代わりとなった。
「うぉらああああァァ!」
最後の力を振り絞った松上は、追いすがるアロサウルスに向けてシャワーのように全弾を浴びせかけた。数メートル先でバランスを失い、頭から崩れ落ちる恐竜に松上は何を感じたのか、涙を溢れさせる光景をセラミックは目の当たりにしたのだ。
「2人とも無事? 本当によかった! 皆心配してるわ!」
地上に降りた中山健一が安堵の声を響かせる頃、凄惨な現場には死闘の跡に相応しい静寂が訪れた。
夏も終わりにさしかかり、赤銅色に染まるような空気をあれほど騒がしく震わせていた蝉達の声も、いつしかまばらになっているのが感じられた。
ここはおなじみ、カレー屋“セラ”定休日における、いつものカウンター席。居並ぶ客の姿もなく、似つかわしくないほどの落ち着いた雰囲気を醸し出している。
その静けさを破る、年季の入ったドアの開閉音が唐突に。
「ごめん、ごめん! ちょっと忙しくて遅れちゃった。いつぞやの中山健一君みたいな失態だね」
「ちょっと何よ~、ダメでしょう! 責任逃れ? 開口一番それはないない! 何だかムカつく~」
ばつの悪そうな吉田真美が中山健一に遅刻をたしなめられた。おまけに本日の2人は髪型が被ってしまっている。双方ともショート丈の黒髪ストレート左右分け。男女の違いはあるにせよ、まるで申し合わせたような奇妙な状況だ。
「賑やかなのは結構な事なんだが、もっと大人になろうぜ、お2人さん」
今回の恐竜メニュー食事会は、暫く入院生活を余儀なくされていた松上晴人の全快祝いの意味もあったのだ。しかし当の本人はテンション低め。
ジュラ紀へダイブしている時と打って変わって、無口で物静かな青年に戻ってしまうのは恒例の事であるが、何だかいつも以上に暗い。
厨房に立つ白衣のセラミックが言う。
「リーダーは退院したばかりで、まだ本調子じゃないんですよ」
その言葉に、少し痩せた松上が反応する。
「いやいや、完全に回復したからこそ、ここにいるんだよ」
「そうですか……」
若干しおらしくなったセラミックに、松上は『しまった』と言いたげな表情を垣間見せた。
両手を叩いて場の空気をリセットしたげな中山健一が言った。
「え~、本日のスペシャル食事会は、βチームのリーダーである松上さんの退院祝いなのですが……私こと中山健一のβチーム復帰祝いも兼ねて執り行いたいと思っております。皆さん拍手~」
ぱらぱらと手を叩く音が響く中、セラミックは4名分の料理の用意に大忙しだ。厨房から派手なフランベの炎が上がり、出席者の歓声が聞こえてくる。
「何だか肉が焼けるいい匂いがしてきたわ~。お腹が減ってもう、たまんない。……実を言うと私、見習い新人であるセラミックちゃんの恐竜料理を食べるのは、今日初めてなの。すごく期待しているわよ」
健一君が、さり気なく鋭い笑顔でセラミックにプレッシャーを掛けてくる。彼は男だがリーダーに(恋愛感情?)を抱いており、遭難中にセラミックと松上晴人が2人っきりとなり、濃密な時間を過ごした事実に激しい嫉妬の炎をフランベのように燃え上がらせていたという。
男女の間に何が起こったのか、喧嘩もせず仲良く過ごしたのか等々……彼から執拗に問い質され、精神的に参っていたセラミックは、辟易とした記憶がある。
「私は問題ないけど、病み上がりなのに肉? 重くて消化も悪い料理をリーダーに振る舞うつもりなの? 言っとくけど、今回の肉は固いわよ」
「ッるさいよ! 健一君! 一番しんどかったのは、未成年で最年少のセラミックなのが分からないの? もうこのオッサンには残飯でも食わしときゃいいんだよ」
ついに吉田真美が座席から立ち上がり、中山健一に噛み付いた。正にそのまま、彼に冷水でも浴びせ掛けるような勢いだ。
「何よ~! アンタは黙ってなさいよ」
リーダーを間に挟んで、両者の睨み合いと罵り合いが続く。『いい加減に……』松上晴人の台詞が飛び出す前に、セラミックは元気な声を響かせた。
「ありがとうございました! 健一君、じゃなかった、中山さん。あれほどの遭難劇だったのに、まだ学生身分の私を気遣ってマスコミをブロックしておいたそうですね! 報道規制を敷いてくれたおかげで、私は家族にあまり心配掛けさせずに済みました。あれから学校にも何事もなく通えて、すんなりと日常生活に戻る事ができたのも、中山さんの的確な配慮の結果だと思ってます」
彼女の流暢かつ、感謝の意がこもった言葉に、店内が水を打ったように一瞬しん、となった。
真美さんはセラミックの発言を耳にして、なおも不満らしく小声で漏らした。
「なぁ~にが的確なのか。御家族についた優しい嘘が、もしバレたらどうするつもりだったのか……。『美久さんは体調不良にて、長野で2、3日休んでから帰ります』って私から電話した時、緊張で手が震えたわ」
「もういいじゃないか。セラミックの御両親には、リーダーとして本当の事を話すつもりだ。今日はそのために来たんじゃないか……」
道理でどんよりと暗くもなる訳だ。セラミックは、せめて恐竜料理で彼に元気を付けさせようとフライパンを振るう手に拍車を掛けたのだ。
「サラダの後は、いきなりステーキです」
「わお!」
一堂の注目が集まる一皿……正確には木製プレート上にある、こんがりとした肉塊からは香ばしい何かが、まるで見えない狼煙のように湧き上がり、カウンター越しからの熱い視線を集める。
ビジュアル的にはシンプル極まりない。飴色のパリッとした表面にはナイフが入れられ、6等分された傍にポテトフライも添えて肉汁を堰き止めている。断面からはフレッシュな肉色が覗き、それはクレソンの草色と見事なコントラストを描いていた。ニンニク入りマスタードと岩塩が、お供えのように盛られている。
「ふむ、これはおそらくトルヴォサウルスだね」
まずは松上晴人の前に供された恐竜肉の正体が、呆気なく看破された。
「さすがはリーダー。若鶏じゃなくて若竜の揚げ焼き、ステーク・フリットです。高温のヒマワリ油を回しがけしながら火入れしているので、サクッとした食感としっとりとした中身が楽しめるんです」
3名に配られたインパクトあるステーキは、みるみるうちにフォークで口の中に運ばれてゆく。真美さんは上品にナプキンで口元を拭いながら言う。
「肉食恐竜のモモ肉なんて固くてダメだと思ってたけど、これは本当に柔らかいね」
白帽を乗せた頭を得意げに、ほんのちょっぴり傾げたセラミックは秘密を明かした。
「ふふふ、実は熟成をかけて肉を柔らかくしてみたんです」
口中でじんわり拡がる凝縮肉汁と、鼻から抜けてゆく炒り豆やナッツにも似た熟成香……松上は己の味覚・嗅覚神経を総動員しながらそれらを受容すると、冴えた脳髄に叩き込んだ。そして溢れいずる幾千単位にも及ぶ各情報を瞬時に取捨選択した後、簡潔な言葉として刻んだ。
「乾燥熟成させるとタンパク質分解酵素の働きで、旨味成分のアミノ酸やペプチドが増えると同時に柔らかくなるんだよね。あれからだいぶ経つが、よく腐らせなかったな」
「父親のツテで専門業者に頼んでみたんです。肉が戻ってきた時は縮んでカビだらけだったからビックリしましたよ」
カビという単語に中山健一が過剰に反応した。
「えぇ!? カビ! 夏場にそんなもの食べて大丈夫なの?」
「まあ、白カビ・青カビのチーズと同じようなモノだと思ってもらえれば……。大きかった肉も、悪くなった部位を削っていくと、最終的に食べられるところは1/3ぐらいになっちゃいました」
セラミックと中山健一のやりとりに真美さんも一言。
「健一君は海外生活も長いのに食文化の違いくらい経験してるでしょうに」
「海外でも人一倍、食あたりには注意してるから言ってるのよ!」
姉妹いや、兄妹のような2人にセラミックは、クスクスと笑いをこらえるのに必死となった。さりげなく松上のプレートをチラリと確認すると、綺麗に平らげている事が分かり、少し安心する。
『良かった……食欲もあるし、口に合わない事もなかったんだ。……よ~し! これはいける!』
セラミックは次の料理に取り掛かった。何と掟破りの連続肉料理、ダブルメインディッシュ、焼き肉食い放題の店状態である。
何かを察した松上晴人が、セラミックと目が合った刹那、呻くような言葉を発した。
「まさか、次の料理はアロサウルスか……?」
「そのまさかです。松上さんが一番好きな恐竜と言った、あのアロサウルスですよ」
冷静なはずの松上晴人に稲妻のようなショックが駆け巡り、彼は少し仰け反った。
「いや、セラミック、私が、……俺が好きだと言ったのはジュラ紀最大にして最強の肉食恐竜である美しいアロサウルスに対してだな……。あれだけ怖い思いをしたはずだというのに、お前、いや瀬良美久さん。た、食べてしまいたいくらいに愛おしいってか。……う~ん食べていいのか?!」
動揺を隠しきれない少年のようになった松上晴人に、容赦なくセラミックは単純明快にしてストレートな料理、アロサウルスの骨付き肉ステーキを神業のようなスピードで饗した。
「セラミック風アロサウルスのシャリアピンステーキです」
鉄板上でじゅうじゅう美味しい煙を立ち上らせる大きな肉塊は、紛れもなく松上晴人がその手で倒した1頭。手羽元から胸肉に相当する一番上等な赤身の部分であった。
ステーキの上には微塵切りにしたキノコが琥珀色のソースとして掛けられ、食欲を否応なく増進させるのだ。
健一君は少しイレギュラーな肉料理のコースに首を捻る。
「またステーキなの? まださっきの肉汁が口に残っている感じだけど」
真美さんはキノコのソテーが盛られたシャリアピンステーキに、同じく首を捻った。
「ステーキが続くけど、方向性が異なるのよ。多分アロサウルスには違う仕事が施されているはず。健一君はセラミックの料理は初めてだから知らないのね。彼女の創意工夫のすごさを」
松上がステーキに早速ナイフを入れてみる。サクッと刃が通って霜降り肉のような柔らかさだ。心なしか緊張気味にミディアムレアの肉片の香りを堪能すると、ぎこちなくフォークを口へと運んだ。
瞬間、思考を麻痺させる魅惑的な肉色スープの濁流が口中を駆け巡り、松上に譫言のような台詞を溢れさせた。
「こ、ここは視聴覚室ならぬ恐竜の視嗅覚室ですか……いや味嗅覚室なのだろうか……」
「松上さん、何イミフで謎の言葉を小声で漏らしているのですか? あこがれのアロサウルスですよ!」
はっと我に返った松上が、厨房で不安げなセラミックに顔を向き合わせた。
「シャ、シャリアピンステーキと言えば、日本で一番格式あるホテルの料理長が考案したという……タマネギの微塵切りに肉を漬け込んで軟らかくしたビーフステーキの事……でも、このステーキに乗っているのはマイタケじゃないのか……?」
「おお~、マイタケと一瞬で分かるとは侮れませんね、松上リーダー。仰る通り生のマイタケとアロサウルスの肉を一晩ビニールパックに漬け込んで柔らかくしたステーキなんです」
中山健一が軽くスマホを操作した後に言う。
「舞茸……マイタケにはマイタケプロテアーゼというタンパク質分解酵素が含まれているのね! タマネギの代わりに香りの良いマイタケを料理に使ってみたという事?」
吉田真美も暫くスマホを操作した後に言った。
「ふ~ん。戦前に日本を訪れたロシア人の声楽家、フョードル・イワノビッチ・シャリアピンは歯を悪くしてたのか。そこで工夫して考え出された料理が、柔らかく調理したシャリアピンステーキという訳ね。セラミックの場合、退院したばかりのリーダーの体を気遣って柔らか恐竜肉を出してみましたって感じかな? よかったね、リーダー。大好きなアロサウルスが食べられて」
真美さんの言葉に健一君は何やら感動したのか、自前で持ち込んだ赤ワインが揺れるグラスをしげしげと眺めながらに言う。
「そうか、敗血症になりかかっていたという松上さんの体力回復のために、この数ヶ月の間、色々とがんばったのね、セラミックちゃん……」
一方で、今か今かとセラミックが松上からのコメントを待っている。
ついに今晩、出るのか? 皆の前での『文句なしに美味しい』宣言。
いや、さすがに特別な経緯もあるし、この度ばかりは大丈夫だろう。
マジで全力投球のメニューです。力の入れ具合もハンパないし……。
松上は皆からの注目を振り払うように、あっさりとした口調で感想を述べた。
「う~ん、やっぱり私はジュラ紀でセラミックが作ってくれたシンプルな茹で卵の方が好きだったかな」
「がく~!」
セラミックが脱力した後に、松上は畳み掛けるように呟いた。
「私がアロサウルス好きなのは学術的な面からであって、決して食べ物として好きって訳じゃないぞ」
「そんな事は当然、分かってますよ!」
少しべそをかいたセラミックに、松上は幾分申し訳なさそうな笑顔で確かに言った。
「ありがとう、セラミック……」
「……松上さん!」
いい雰囲気になりつつある場の空気を乱すかのように、中山健一が大声でしゃべった。
「美味しいわ! マイタケのソテーが乗った恐竜ステーキは! 真美さん! 悔しいけど、セラミックの料理は最高ね! 噂以上……だわ」
吉田真美は照れくさそうなセラミックにウインクして答えた。
「でしょう? 彼女は本物よ!」
美味しい料理は場を和ませ笑顔を作るのだ。今回もセラミックが腕によりを掛けた恐竜料理は、βチームの結束を深めると同時にそれぞれを満面の笑みにする事ができた。
厨房のセラミックは、遙かなるジュラ紀に思いを馳せると同時に、食材となった恐竜達にも感謝の心を忘れなかったのである。
「またいつか行くからね……ありがとう。そして待ってて、ジュラ紀!」
店の外では夏の終わりを告げるヒグラシの声が、せつなく夕暮れ空を振るわせながら、秋色の風を運んでくるのが感じられた。
「いゃああああああ! うおおおおおお! 絶対に許せねえ! 瀬良美久ゥゥゥ!」
スケルトン壁掛け時計の円盤上を永久に周回する短い方の針が天頂の12を過ぎる頃、静かな暗闇に包まれた高級住宅街の窓からは、煉獄から響いてくるような禍々しい女の声が漏出してきた。
「私の……私の松上晴人様に何をしたの? 何が起こったの? 何をされたの? あ~ッ、声に出してしまうほど、くやしいィィィ!」
輸入ベッドの上でセンスの良いキャミソールが、はだけるほど転がりまくった森岡世志乃は、高級羽毛枕に沈む美しくも歪んだ顔を暫く浮上させる事ができなかった。
事の発端は、世志乃がαチームのリーダー、松野下佳宏からβチームの遭難エピソードを秘密裏に聞いた夕方から。
「――ここだけの話だけど、“ジュラアナ長野”で事故が起こったらしい。それもあの松上晴人率いるβチームだってんだから、ちょっと驚いたよ。アロサウルス狩りに意気揚々と出発したのはいいけど、ジュラ紀で何日か音信不通になってたらしいぜ」
「ええ?! 全員無事だったんですか?」
「ああ、幸いにも行方不明になってた2人は救出されたらしいけど、現場は大騒ぎになってた」
「2人……? 誰と誰だったのですか? まさか松上晴人さん?」
「そのまさかだよ。不意打ちを食らって崖下まで転落したのは、松上リーダーとセラミックちゃんだそうだ」
「セ、セラミック! よりによって彼女と!?」
「2人仲良く1億年前の世界でサバイバル生活を送ってたらしい……何でも怪我したのは松上だけで、セラミックちゃんは軽傷だったそうだ。彼女はホント強運の持ち主だね」
日焼けしたクールビズ姿の松野下佳宏は、3秒後に思わず目を見張って固まってしまった。
αチームが拠点にしている事務所のソファで、猫顔のスタイリッシュ美女、森岡世志乃が豹変する瞬間を目撃してしまったからだ。
『まずい』、『無神経に煽ってしまったか』と後悔した時には、すでに手遅れだった。
「ふ、2人っきり……。若い男女が危機的な状況の中で、お互いに助け合いながらピッタリと寄り添って脱出する場面なんて……。後はもう、恋に落ちて終わるハッピーエンドの展開しか……考えられない! そう! そうじゃないですかああああああ!?」
「わあああ?! 落ち着け、落ち着くんだ世志乃さん!」
森岡世志乃が、嫉妬に狂うのは無理もない。彼女がセラミックと同じく恐竜狩猟調理師を目指したのは、少しでも憧れの松上晴人に近付きたいがため……。大学の非常勤講師として何度か見かけたその日から、いや聴講する度に、松上が放つ不思議な魅力の虜となったのだ。
恋に落ちた彼女は、ありとあらゆる手段を用いて彼にアプローチしたが、恐竜にしか興味を示さない変人を振り向かせるには、もはや自身が恐竜ハンターになるしかないように思えた。
名のある大手銀行の頭取の娘である森岡世志乃は、本物のお嬢様育ちであり、親の期待に応えるべく英才教育も施され、将来を嘱望される存在だったのだ。そんなエリートの彼女が危険で体力勝負の恐竜狩猟調理師を目指すと周囲に公言した時、両親が受けたであろう多大なる精神的ショックは計り知れない。
彼女がリスキーな恐竜ハンターを続ける理由とモチベーションの源泉は、松上晴人様を手に入れるためだと言い切っても過言ではないのだ。パッと出のセラミックごときに彼を奪われる事は、長年思い続けてきた世志乃のプライドが許さないのは当然の事なのであった。
そんな森岡世志乃の渦巻く情念を知ってか知らずか、変に刺激してしまった松野下リーダーは、荒ぶる彼女を静めるために(周りに誰もいなかったとはいえ)土下座まで披露してしまった次第である。
「……どうしたの?! 世志乃さん? 何かあったの?」
はっと我に返ると、自室のドアの向こうから心配そうな母親の声が聞こえてきた。
「ううん、大丈夫。いいえ! 何でもありませんわ、お母様!」
森岡世志乃は、引っ張りすぎて少し破けてしまった羽毛枕から飛び出したダウンを掻き集めるのに夢中となり、チェストの角に足の小指をぶつけて悶絶した。
その日、琵琶湖博物館のロビーに森岡世志乃はいた。
館内から見えてしまう琵琶湖の翡翠色した水面は、穏やかな秋風に揺れ、今年の猛暑を伝える一切合切は、まるで幻だったと言いたげに蓮の花を枯らせると、嘘のよう色褪せた花托と丸い葉を育んでいるようだ。
世志乃は黒基調のブラウスとスカートに身を包んでおり、気怠げにしなを作るその身のこなしは、まさに黒猫を思わせる異質な存在感であった。
「ご無沙汰してます。中山健一さん……」
世志乃の視線の先には、ポロシャツ姿でスラックスをはいたポニーテールの中山がいた。IDカードをポケットにしまう学芸員補の彼は、休み時間を利用して世志乃の待つミュージアムカフェに周囲の目を気にしながら着席したのだ。
「お久しぶりと言いたいところだけど……αチームのお嬢さんが、今日は何の用かしら? 休日にでも会えるのに、わざわざここまで来てくれた訳は?」
「まあまあ、居ても立っても居られなくなったっていうのはこちらの事情で……。いや、中山健一さん、メールではどうしても済ませられないような大切な話があって――」
勧められるがままにアイスコーヒーを啜った中山は、なおも表情から疑問の念が払えずにいるようだ。
「電話やメール文書では伝えきれない事って何? αチームのリーダーも通してないって、余程の事情なんでしょうね。ひょっとして、この間のダイブ中に起こった事故に関する事かな? それとも遭遇した恐竜に関係する事? まあいいわ、全部聞きましょう」
「そうこなくっちゃ! 実はお願いがありましてね……」
森岡世志乃は笑顔を崩さず、単刀直入に中山健一に願いを伝えた。
――松上晴人とセラミックの急接近を阻止し、彼と彼女が恋仲になる事を諦めさせて欲しいと。
『βチームのリーダー・松上晴人さんには長年付き合っている彼女がいて、結婚間近なのだと瀬良美久さんにそれとなく伝えて欲しい』
「…………」
「松上さんの彼女は私だという設定でもいいのですが、いかんせん嘘くさくなるようでしたら、どなたか別の女性という事にしていただいても一向にかまいません」
「いや…………何で?」
「う~ん、そう仰ると思っておりました。理由はただ一つ、松上さんがセラミックに奪われてしまう事を、私……絶対に認めたくないからです」
「だからってあなた、事実と違う嘘まででっち上げてやる事~? 大人げないわよ。あなたらしくないわ」
「正直、そこまで追い詰められているのです。――と言いますか中山健一さん、いいのですか?」
「ええ!? 何の事よ~?」
「あなたも松上晴人さんの事が一途に好きなのでしょう?!」
「うっ! そりゃそうだけど」
「だったら協力してください。ここは指をくわえて、成り行きを見守っている場合ではありません」
「う~ん、セラミックちゃんは大事なβチームの戦力でね。かといって彼女がリーダーとくっ付いちゃうのも正直、何だかシャクだわ」
「そうでしょう? 今動かないと、あと一歩で松上さんは落とされちゃいますよ」
「分かった、分かったわ。ただし森岡さん、あなたに協力するためには、ある条件をクリアしてからでどうかしら?」
「……何でしょう? 何でもどうぞ」
「うちのセラミックちゃんと恐竜料理で対決してもらって、見事に勝利を収める事ができたら無条件で力を貸すわ。それでどう?」
「いいですね! 相手にとって不足なしです。……言っておきますが、私は完璧超人であり、料理の腕前もプロ級なのです。メニューは何に致しましょうや?」
森岡世志乃の周囲には目に見えない暗黒の炎が燃え上がり、周囲を焼き尽くすだけでは飽き足らず、悪寒を感じた中山健一の鼻毛をも焦がしながらクシャミを連発させたのである!