「あっ! ねえねえ、君の名前、知りたいんだあ。俺、船戸 淳也(ふなと あつや)。君は?」
休み時間になり、わたしはトイレを済ませて廊下を歩いていると、そんな風に呼び止められた。
相手は、もう分かる。
全く、いつまで話しかけてくるんだろう。
わたしは、なるべく目を合わせないように、下を向く。
「……春瀬 真子(はるせ まこ)」
「真子ちゃんかぁ。春瀬 真子ちゃん。なんか、優しそうな名前だなあ」
馴れ馴れしすぎる。
もう下の名前で呼んでいるよ。
「こんな風に、真子ちゃんって呼ぶから、俺のことも淳也でいいよ」
「真子ちゃん、言ってごらん。淳也って」
絶対呼びたくない。
もう会いたくないし、早くどこかへ行ってほしい。
「早く」
「……やだ」
「なんで? いいじゃん、名前言うことくらい」
そう言って、彼はわたしの手を握った。
あまり握る力は強くないけれど、なぜか手を引っ込めることができない。
無駄に包み込むような優しい握り方して、どうするの。
こんなことして、わたしがときめくと思ってるの。
「名前、言うまで離さないよ?」
「淳也くん……」
わたしは、目をきつく閉じて言った。
「はい、よく呼べました!」
彼は、そう言って嬉しそうにわたしの頭をぽんぽんと撫でた。