「す、すぐに用意してきますね。ちょっとま、あっ、えっと……少々お待ちください!」


嬉しそうに顔を輝かせ、慌てたように決まり文句を口にして、マスターはいそいそとカーテンの向こうに歩いていく。

路地裏を進んだ先にある突き当たり、初めて訪れた喫茶店は、現実から一歩引いたような不思議な雰囲気が漂っていて、マスターみたいな男性と、恥ずかしがりやの本物のマスターがいて、とても心が落ち着く。

物語の始まりのページみたいな、胸をわくわくさせるような何かがここにはあって、けれどここから外に出てしまったら、そんなわくわくとは無縁の現実が待っている。

ふと、今日の会社での一幕を思い出して、気分がグッと落ち込んだ。

せっかくいい気分だったのに、このまま家に帰ってお風呂に入って布団にくるまれたら最高だったのに、なんでこのタイミングで……。

知らずため息が零れ落ちた時、さっとカーテンをくぐってマスターが戻ってきた。


「お待たせし……」


とても不自然に、マスターの言葉が途切れる。

まさか、このタイミングで泣いていたりしないよなと、慌てて目元に触れてみる。濡れてはいないから、泣いていない。