「あ、あの……」
視線があっちこっち移動して、結局は床で落ち着き、そのままマスターは床に向かって語りかける。
声がぼそぼそとしていて小さいものだから、何を言っているのかちっとも聞き取れなくて、内心ハテナマークでいっぱいになりながら、じっとマスターの口元を凝視する。
「も、もう少し……!」
意を決して勢いよく顔を上げたマスターと、バチッと音がしそうなほどに視線がぶつかる。
「あっ……」
途端に真っ赤になって俯くマスターは、やはりかなりの恥ずかしがりやのようだ。
「え、えっと……もしよろしければ、もう少しゆっくり……して、いかれませんか……?その……もし、お時間よろしければ」
ちらっと上目遣いにこちらを窺う様子が、やっぱり子犬みたいで何だか可愛らしい。
接客が苦手だと言うマスターがそう言ってくれるのであれば、こちらとしても急いで帰る理由はない。本当はもう少し、ゆっくりしていたいところでもあったし。
財布を鞄にしまって、また背中と背もたれの間に戻すと、マスターがほっとしたように肩を撫で下ろして、それからようやくこちらを真っ直ぐに見つめてはにかむように笑った。