特別……?その単語に、頭の中が疑問符でいっぱいになる。
もしかして、この時間にお客がいるのは珍しいと言う意味での特別なのだろうか。それとも、本物のマスターを見ることが出来た数少ないお客と言う意味での特別か。
聞いてみようかと思ったけれど、なんとなくここで口を挟むのは気が引けた。
「くれぐれも、お客様を一人残して奥に隠れたりすることがないように」
言いながら、りゅうさんは腰に巻いていた黒いエプロンを外す。
「じゃあ、お願いしますね」
そして、颯爽とカウンターから出てきて、扉へと向かった。
どうやら、裏に従業員用の入口があるわけではないらしい。
そんなりゅうさんを、マスターは捨てられた子犬みたい目で見つめているが、おそらくあえてだろう、りゅうさんは振り返らない。
扉を開けるとちりんと鈴が鳴り、そこでりゅうさんがマスターではなくこちらを向いて
「ごゆっくり」
品のいい笑顔を残して出て行った。
扉が閉まったところでちらっと視線を向けると、マスターはかわいそうなくらいに悲しげな顔をしていた。
これは完全に、飼い主に置いてけぼりをくらった子犬だ。