「そんなこと言わないでほら」
「たまにはお店に顔を出してもいいじゃないですか」
あの、マスターだと勝手に勘違いしていた男性の声だ。
相手の声はぼそぼそとよく聞き取れないが、どうやら本物のマスターは表に出てくることを渋っているらしい。
「大丈夫、今はお客様が一人しかいませんし、その方はとても素敵な方ですよ」
聞こえた声に、思わず咳き込む。まさか、そんな風に紹介されるとは思わなかった。
未だかつて異性に、お世辞でも“素敵”だなんて言われたことはなかったが、思わぬところで初めての経験をしてしまった。
「大丈夫ですか?」
げほごほと盛大に咳き込んでしまった為か、カーテンの向こうから男性が心配そうに顔を覗かせる。
まさか“素敵”という言葉にびっくりしてむせました、とは言えないので、苦笑いを返すにとどめる。
「火傷されてはいませんか?今、もう一本おしぼりをお出ししますね」
そう言ってカーテンをくぐってカウンターの中に戻ってきた男性に、むせすぎて涙目になりながらお礼を口にする。