「呼び捨てでいいよ?」


その言葉に、一瞬すぐるの言葉を思い出す。


『今日から碧は俺の女だ。だから、俺は碧を絶対に名前でしか呼ばない』


すぐる……。


『だから、碧も俺のことを『すぐる』って呼べ。それ以外の呼び方は禁止する』


すぐる……!


「碧ちゃん? どうしたの?」


ハッと気づくと、誠先輩が心配そうに私を覗き込んでいる。


「あ、いえ。なんでもないです」


慌てて首を振る。


「大丈夫? ボーッとしてたけど」


「大丈夫です」


そう言い、俯く。


まただ、私……。


誠先輩と一緒にいるのに、すぐるの事思い出してた。


「あのさ、できれば敬語もやめてくれない?」


「え?」


「『先輩』っていうのは100歩譲って許すよ。けど、敬語はちょっと堅苦しいし」


「そう……ですか」


「ほら、また」


誠先輩は、そう言って楽しそうに笑った。


「あ……えっと」


敬語がダメとなると、何を言えばいいのかわからなくなる。


誠先輩はそんな私の頭をなでて、「ゆっくりでいいよ」と言った……。


☆☆☆

誠先輩とのデートは、きっと誰もが憧れるようなものだったと思う。


もちろん、学生だからお金を沢山使うようなデートはできないけれど、いつも私よりも少し先を歩いて、手を引いてくれた。


何度も行った事のあるお店。


何度も通った道。


見慣れているものすべてが、別の形をしているようにも見えて、新鮮さを感じた。


そんな時間はあっという間にすぎていって……別れの時間。


「今日はありがとう」


約束場所の公園で、誠先輩はそう言った。


「こちらこそ、ありがとうございます」


私はそう返事をして、丁寧にお辞儀をする。