「いいえ、今来たところです」


そう言って時間を確認すると、約束の5分前だった。


「今日寒いよね。どこか……ファミレスでも行こうか」


「え……?」


「どうしたの? 嫌?」


「いえ、そうじゃなくて」


ついさっき自分が考えていたことをそのまま言われて、少し驚いた。


その後、誠先輩はいつも通り私の手を握って、「冷たいね」と言いながら、歩き始めた。


「女の子って、指先冷たい子多いよね」


「そうなんですよねぇ。男の人は冬でも暖かい……」


キンキンに冷えた小指が、だんだんと温かくなっていく。


あぁ……なんか、いいなぁ。


自分の描いていた恋人同士の関係が、いまここにある。


男の人は女の人より一歩リードして歩いて、その後を小さな歩幅で一生懸命ついていく。


男の人はそれに気づき、歩くスピードを緩めてくれる。


なんでもないような事に、ずっと憧れていた。


「誠先輩」


「どうしたの?」


「やっぱり、もう少し歩きませんか?」


「え?」


「もうちょっと、こうして歩いていたいです」


私の言葉に、誠先輩はアハ。と笑って、いいよ。とうなずいた。


ファミリーレストランを通り過ぎ、商店街へと入っていく。


土曜日の商店街は私たちくらいの女の子たちも多くて、手をつないで歩くのがなんとなく恥ずかしい。


知り合いにバッタリ会ったらどうしよう。


そんな不安もよぎるけど、誠先輩は私の手をしっかりと握ったまま、離さない。


「ねぇ、碧ちゃん」


「はい?」


「『先輩』っていうの、やめない?」


どこか言いにくそうにそう言う誠先輩に、私は人ごみの中立ち止まる。


誠先輩は振り向き、「俺たち、付き合ってるんだから」と言った。


確かに、そうだけど……。