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「更衣室で見た男の人、1こ上の先輩だったね」


もうとっくの前にチャイムが鳴った後、トイレの個室で着替えながら、律が言った。


「そうなの?」


私は、鏡の前で少し赤くなった目を確認しながら、返事をする。


まだ、胸の奥がジンジンと痛むけど、ここで泣いたら本当に負けてしまう。


ライバルになるつもりなんてない。


だけど、負けるのだけは嫌だ。


「私見たことある人だった。たしか……誠って呼ばれてた」


「へぇ……」


私は、気のない返事をする。


「なかなかカッコイイ人だよねぇ」


「そうかな?」


というか、もう顔を忘れてしまった。


「そうだよ。背、高いし」


背の高い異性が好きな律は、そう言って楽しそうに笑った。


確かに、やさしそうな人ではあった。


ちょっと、弱そうだけど。


「それよりさ……」


気になることがあって、私は律に言った。


「何?」


「長浜弥生って、誰だろう……」


スカートに書かれていた、名前。


着れなくなってしまった制服は、体育館裏の焼却炉へ捨ててきた。


けど、その名前だけはシッカリと覚えている。


「さぁ、聞いたことないよね」


着替えを終えた律が、クシで髪をとかしながら出てきた。


これで、私一人が体操服姿だ。


その上遅れて教室へ入るなんて拷問のように恥ずかしいが、仕方がない。


「長浜弥生って人、何か関係があるのかな……」


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その日の放課後まで、当然私は体操服のままだった。


しかも、この格好のまま帰らなければならないから、一秒でも早く家に着きたかったのだ。


そんな私を引き止めたのは、更衣室で出会った、あの先輩だった。


「あれ? 君まだ体操服なんだ?」


学校を出てすぐのところでそう声をかけられて、足を止める。


「そうですけど……」


「これから、部活ってワケでもなさそうだね?」


「はぁ……」


曖昧な返事をした時、私の携帯電話が震えた。


すぐるからのメールだ。


《今日は、何もなかったか?》


まだ、制服のことを話せていなかった私は、どう返事をしようかと迷う。