私を止める律が、ここにはいない。


だから、思わず強い態度が出てしまう。


「あ?」


案の定、相手は眉間にシワをよせて私をにらみつけてきた。


でも、負けないんだから!


「こんな真っ黒な雑巾じゃ、余計に汚れると思います」


そう言い、私は雑巾を相手に投げ返した。


それをうまくキャッチしたかと思うと、そのまま手から床へとすべり落とした。


怒った表情のままの相手が、私に一歩ずつ近づいてくる。


それにあわせて、私は後ずさりする。


……ヤバイ。


そう思うと同時に、背中が壁に当たった。


相手はどんどん近づいてくる。


どうしよう、殴られるかも。


頭の中でのんきに考えながらも、体は硬直して動けない。


相手が私の目の前に来た。


次の、瞬間。


目の前がフッと陰った。


え……?


唇に、やわらかい感覚。


暖かくて、少し湿ってって……。


相手が顔を離すと、その感覚もなくなった。


「お前、名前は?」


「……」


「おい、名前は?」


目の前でパンッと手をたたかれて、ハッと我に変える。


「え? あ……山本碧」


「俺、森山すぐる」


森山すぐる……。


その名前が、グルグルと真っ白な頭の中をめぐっていく。


森山すぐるの、整った綺麗な顔がすぐ目の前にある。


「碧。今日からお前俺の女な」


すぐるの手が、私のアゴにかかる。


女!?


「ちょっと!!」


あわてて身をかわそうとする私の体を壁に押し付け、森山すぐるは私に2度目のキスをした。


「お前みたいに気の強い女、さがしてたんだ」


私のファーストキスを簡単に奪い取ったこいつは、そう言って王子様のような笑顔を見せた――。