「あ―……、え―っと、もしかして言い忘れてたかな? 環さん、男性なんだよね」
私の言葉に、花音がゆっくりと首を傾け、目と口を大きく開ける。
声は出ていないが『はあ?』というフキダシが宙に浮かんでいそうな表情だ。
さらに、
「あんたねぇ――! なにがどうしたらそんな重要なこと忘れちゃうのよ!」
「だ、だって環さんも、自分のこと『僕』って言ってるし……」
「今どき僕っ娘くらい珍しくないでしょうよ! スーパー僕っ娘かと思ったわよ!」
――何よ、スーパー僕っ娘って……。
「いやぁ~、言ったつもりだったんだけど……勘違い?」
……なぁんて、ウソ。
あたりまえだけど、あえて隠すつもりじゃなければそんなこと忘れっこない。
私が足繁く通っている先のボスが二十歳のイケメン男子だなんて、そんな情報を先に渡したら花音のことだ、好奇心が爆発して何をしでかすか分からない。
……というのもあったけれど、それよりなにより、環さんが男性だと知った時の二人の反応を楽しみたい、っていうのが一番の理由。
ようやく落ち着いてきたのか、花音がソファの背もたれに身体を預けながら、
「でもまあ、不思議ではあったんだよねぇ……」と、大きく息を吐く。
「なにが?」
「ほら、あたしってイケメンが好きじゃん?」
「ほら、って言われても……」
「いつもだったら今日は、徹底的にあまねくん攻めに入るパターンなんだけど……」
勘弁してくれよ……と、後ろで零す周くん。
「それなのに、今日に限って環さんに意識が向いちゃったからさぁ……。自分でもなんでかな、って不思議だったんだけど、センサーが働いたのね、きっと」
「なんのセンサーよ?」
花音センサーのことはともかく、環さんが性別に関係なく、他人の意識を鷲掴みにするような引力を持っていることは確かだ。
さらに花音が、誰もが抱くであろう当然の疑問をあっさりと口に出す。
「なんで女性の格好なんてしてるんです? 環さん、男子のままなら、それこそモテモテのスーパーイケメンモデルですよね!?」
――うんうん! それは私も気になっていた。
正直、昔から知っている私ですら、女装したときの環さんは麗しすぎて男性だということを忘れそうになることがある。
かと言ってそれは、女装の方が似合っている、という意味じゃない。
私のもっとも古い記憶――四、五歳の頃に本家へ遊びに行ったときにはすでに、五歳年上の環さんは、隠れて母親の服を着て見せてくれたりしていた。
その頃から、大人用の服でも普通に着こなせるほど高身長だった環さん。
子供心にとても綺麗だと感嘆した記憶はあるけれど、なぜそんな格好をするのかまでは考えが及ばなかった。
物心がついてからは何度か尋ねたこともあったけれど、その度に上手くはぐらかされ、そのうちあまりしつこく訊くのも憚られるように感じて話題に出せなくなってしまっていた。
――花音の土足質問スキルが、まさかここで役に立つとは!
「ありがとう。……う~ん、特に理由はないんだけど、なんとなくかな。単純に女性物の服が好きってだけだけど、心は男性だから、安心して」
相変わらず答えになってるようでなってない曖昧な返答に、それでも、「なるほどぉ~」と、花音が深く頷く。
――え? 今ので納得したの!? もっと頑張れよ花音!
「まあ、いまどき女装子なんて普通だしね。中身が男性ならあたしは全然問題ないかな。むしろ、安心して接近できるぶん、これはこれでアリかも!」
「花音、あまねくんにだって接近してたじゃない……」
「そうそう、田舎暮らし憧れてたんです、あたし! ご両親との同居もOKです!」
――花音のやつ、何をアピってるんだ?
「あのぉ……、それで……その〝隠れ里〟というのは一体どういう所なんですか?」
逸れていきそうな話を戻すように、恐る恐る質問したのは手嶋さんだ。
普通なら〝神隠し〟や〝隠れ里〟なんてワードが出てきた時点で眉唾だと一笑に付されてもおかしくないところを、彼女はまじめな顔で聞き返してくる。
やはり手嶋さんも、花音と同じようなオカルト趣味があるのかな?
それとも、弟のことがあるだけに、たんに真剣味が違うだけ?
「隠れ里っていうのは、イメージしやすいように花音さんの言葉を引用しただけなんだけどね。僕たちはその場所を〝ミラージュワールド〟って呼んでる」
「ミラージュ……蜃気楼、ですか」
「うん。まあ、本来の蜃気楼の意味とはちょっと違うし、雪実さんの弟さんのケースがそれに該当するかどうか、現時点ではまだ分からないけれど……」
「かっこいい!」
再び、胸の前で両手を合わせる花音。
「雪実ちゃんの件はさておき、すごく興味ある! 〝蜃気楼の世界〟!」
再び、環さんの方へ身を乗り出すように背もたれから身体を離す花音。
でも、手嶋さんのことはさておいちゃダメでしょ……。
チラリと斜め上に走らせた環さんの視線に釣られて、私も壁時計を確認する。
――五時十五分か。
「時間は、大丈夫?」と、今日会ったばかりの女子高生二人を気遣う環さん。
「全然平気です! 最近は六時でも明るいし……ユッキーはどう?」
「ゆ……ユッキー??」
突然、呼び方を〝ユッキー〟に変えてきた花音にとまどう手嶋さん。
「あれ? 気に入らない?〝ユッキー〟と〝だいふくちゃん〟どっちがいい?」
「二択!? ユッキーで……いいです……」
あだ名が決まったところで、手嶋さんも環さんの方に向き直る。
「わ、私も……大丈夫です。門限もありませんし……」
「じゃあ、簡単に説明しようか」と、膝を組み直して両手で抱えながら、環さんがソファーへ深く身を沈める。
「少し話が逸れちゃうけど、世の中のあらゆる現象は、それを人間が観測しようがしまいが、結果は変わらないと思う?」
突然の環さんからの質問に、少し考えてからゆっくりと頷く手嶋さん。
それを見て花音も、コクコクと手嶋さんに倣う。
環さんが、にっこりと笑って説明を続ける。
「そうだね……観測という行為は現象の原因たり得ない……というのがかつての、いや、今現在でもそう考えてる人は多いと思う」
「それは、でも……普通のことですよね?」と、小首を傾げたのは手嶋さんだ。
「ところがね、この世の中には人間に観測されることで状態を変化させるものが、昔から存在してるんだよ」
それはここにもあるよ、といいながら、ぐるりと首を回す環さんに釣られて、花音と手嶋さんもキョロキョロと辺りを見回す。
「僕たちはそれを〝霊子〟って呼んでいる」
私の言葉に、花音がゆっくりと首を傾け、目と口を大きく開ける。
声は出ていないが『はあ?』というフキダシが宙に浮かんでいそうな表情だ。
さらに、
「あんたねぇ――! なにがどうしたらそんな重要なこと忘れちゃうのよ!」
「だ、だって環さんも、自分のこと『僕』って言ってるし……」
「今どき僕っ娘くらい珍しくないでしょうよ! スーパー僕っ娘かと思ったわよ!」
――何よ、スーパー僕っ娘って……。
「いやぁ~、言ったつもりだったんだけど……勘違い?」
……なぁんて、ウソ。
あたりまえだけど、あえて隠すつもりじゃなければそんなこと忘れっこない。
私が足繁く通っている先のボスが二十歳のイケメン男子だなんて、そんな情報を先に渡したら花音のことだ、好奇心が爆発して何をしでかすか分からない。
……というのもあったけれど、それよりなにより、環さんが男性だと知った時の二人の反応を楽しみたい、っていうのが一番の理由。
ようやく落ち着いてきたのか、花音がソファの背もたれに身体を預けながら、
「でもまあ、不思議ではあったんだよねぇ……」と、大きく息を吐く。
「なにが?」
「ほら、あたしってイケメンが好きじゃん?」
「ほら、って言われても……」
「いつもだったら今日は、徹底的にあまねくん攻めに入るパターンなんだけど……」
勘弁してくれよ……と、後ろで零す周くん。
「それなのに、今日に限って環さんに意識が向いちゃったからさぁ……。自分でもなんでかな、って不思議だったんだけど、センサーが働いたのね、きっと」
「なんのセンサーよ?」
花音センサーのことはともかく、環さんが性別に関係なく、他人の意識を鷲掴みにするような引力を持っていることは確かだ。
さらに花音が、誰もが抱くであろう当然の疑問をあっさりと口に出す。
「なんで女性の格好なんてしてるんです? 環さん、男子のままなら、それこそモテモテのスーパーイケメンモデルですよね!?」
――うんうん! それは私も気になっていた。
正直、昔から知っている私ですら、女装したときの環さんは麗しすぎて男性だということを忘れそうになることがある。
かと言ってそれは、女装の方が似合っている、という意味じゃない。
私のもっとも古い記憶――四、五歳の頃に本家へ遊びに行ったときにはすでに、五歳年上の環さんは、隠れて母親の服を着て見せてくれたりしていた。
その頃から、大人用の服でも普通に着こなせるほど高身長だった環さん。
子供心にとても綺麗だと感嘆した記憶はあるけれど、なぜそんな格好をするのかまでは考えが及ばなかった。
物心がついてからは何度か尋ねたこともあったけれど、その度に上手くはぐらかされ、そのうちあまりしつこく訊くのも憚られるように感じて話題に出せなくなってしまっていた。
――花音の土足質問スキルが、まさかここで役に立つとは!
「ありがとう。……う~ん、特に理由はないんだけど、なんとなくかな。単純に女性物の服が好きってだけだけど、心は男性だから、安心して」
相変わらず答えになってるようでなってない曖昧な返答に、それでも、「なるほどぉ~」と、花音が深く頷く。
――え? 今ので納得したの!? もっと頑張れよ花音!
「まあ、いまどき女装子なんて普通だしね。中身が男性ならあたしは全然問題ないかな。むしろ、安心して接近できるぶん、これはこれでアリかも!」
「花音、あまねくんにだって接近してたじゃない……」
「そうそう、田舎暮らし憧れてたんです、あたし! ご両親との同居もOKです!」
――花音のやつ、何をアピってるんだ?
「あのぉ……、それで……その〝隠れ里〟というのは一体どういう所なんですか?」
逸れていきそうな話を戻すように、恐る恐る質問したのは手嶋さんだ。
普通なら〝神隠し〟や〝隠れ里〟なんてワードが出てきた時点で眉唾だと一笑に付されてもおかしくないところを、彼女はまじめな顔で聞き返してくる。
やはり手嶋さんも、花音と同じようなオカルト趣味があるのかな?
それとも、弟のことがあるだけに、たんに真剣味が違うだけ?
「隠れ里っていうのは、イメージしやすいように花音さんの言葉を引用しただけなんだけどね。僕たちはその場所を〝ミラージュワールド〟って呼んでる」
「ミラージュ……蜃気楼、ですか」
「うん。まあ、本来の蜃気楼の意味とはちょっと違うし、雪実さんの弟さんのケースがそれに該当するかどうか、現時点ではまだ分からないけれど……」
「かっこいい!」
再び、胸の前で両手を合わせる花音。
「雪実ちゃんの件はさておき、すごく興味ある! 〝蜃気楼の世界〟!」
再び、環さんの方へ身を乗り出すように背もたれから身体を離す花音。
でも、手嶋さんのことはさておいちゃダメでしょ……。
チラリと斜め上に走らせた環さんの視線に釣られて、私も壁時計を確認する。
――五時十五分か。
「時間は、大丈夫?」と、今日会ったばかりの女子高生二人を気遣う環さん。
「全然平気です! 最近は六時でも明るいし……ユッキーはどう?」
「ゆ……ユッキー??」
突然、呼び方を〝ユッキー〟に変えてきた花音にとまどう手嶋さん。
「あれ? 気に入らない?〝ユッキー〟と〝だいふくちゃん〟どっちがいい?」
「二択!? ユッキーで……いいです……」
あだ名が決まったところで、手嶋さんも環さんの方に向き直る。
「わ、私も……大丈夫です。門限もありませんし……」
「じゃあ、簡単に説明しようか」と、膝を組み直して両手で抱えながら、環さんがソファーへ深く身を沈める。
「少し話が逸れちゃうけど、世の中のあらゆる現象は、それを人間が観測しようがしまいが、結果は変わらないと思う?」
突然の環さんからの質問に、少し考えてからゆっくりと頷く手嶋さん。
それを見て花音も、コクコクと手嶋さんに倣う。
環さんが、にっこりと笑って説明を続ける。
「そうだね……観測という行為は現象の原因たり得ない……というのがかつての、いや、今現在でもそう考えてる人は多いと思う」
「それは、でも……普通のことですよね?」と、小首を傾げたのは手嶋さんだ。
「ところがね、この世の中には人間に観測されることで状態を変化させるものが、昔から存在してるんだよ」
それはここにもあるよ、といいながら、ぐるりと首を回す環さんに釣られて、花音と手嶋さんもキョロキョロと辺りを見回す。
「僕たちはそれを〝霊子〟って呼んでいる」