「この人が、この事務所を経営している、私のいとこの、飛鳥井環(あすかいたまき)さん」

 私の紹介を受けて、黒曜石を思わせる黒く涼やかな瞳を二人へ向ける環さん。

「こんにちは。咲々芽(ささめ)さんのお友だち?」
「はい。手嶋雪実(てじま ゆきみ)さんと、あっちの……あまねくんと一緒にいるのが、矢野森花音(やのもりかのん)。どちらもクラスメイトです」

 はじめまして……と、相変わらず呆けたような面持ちで、ほぼ同時に会釈をする花音と手嶋さん。

「咲々芽さんがお友だちを連れてくるなんて初めてだよね? いたんだねぇ、お友だち」
「そりゃあ、いますよ! 私をなんだと思ってたんですか!?」
「一人でよくここに来てたし、学校では寂しい思いをしてるのかなぁって」

 気を使って尋ねはしなかったけど、と環さんが微笑む。

「あ、あのですね! そもそもここの様子をこまめに見るように言われたのは、環さんが本家から勘当されたりするから――」

 そこまで言ってハッと口を(つぐ)む。
 今日は身内だけじゃなく、花音や手嶋さんもいるんだった!
 慌てて二人の様子を確かめるが、私たちの会話など聞いていた風もなく、相変わらずボォ――ッと環さんを眺めている。

 普段は、毛玉だらけの小豆色ジャージを着たりしてラフにしていることも多いんだけど……今日は、特に綺麗にしてるからなぁ、環さん。
 油断すると私でも見惚(みと)れてしまいそう。

「今日は、何か仕事だったんですか?」
「うん? まあ、そうだね、ちょっと大井の方まで……」
「ああん!? 環、おまえ……もしかしてまた競馬!?」

 大井……と聞いて、やにわに甲走(かんばし)(あまね)くんの尖り声。

「まあまあ、落ち着きなよ、あまねくん」と、(たお)やかな微笑(ほほえみ)を返す環さん。
「落ち着けるか! 環が珍しく急な仕事だって言うから、約束を断って留守番してやってたのに……」
「中学生なんだから、わざわざ外で会わなくても学校でいくらでも会えるでしょ」
「小学校時代の同級生なんだよ。久々にこっちに遊びに来たっていうから……」
「そんな人と、今さら何を話すの?」
「余計なお世話だ!」

 環さんが、持っていたショルダーポーチをポールハンガーにかけると、周くんの不満など意にも介さぬ様子で二人掛けソファーに腰を下ろす。
 何気なく組んだ、膝から爪先にかけての常人離れした長い足先も、絶妙なバランスで環さんの肢体にピタリと収まっている。

 創作の世界では〝八頭身美人〟なんて言葉がよく出てくるけど、それを体現している日本人なんてそう多くはない。
 八.五頭身ともなると、実際に見たことがあるのは環さんくらいだ。

「で……増やせたのかよ、お金は?」
「う~ん、今日のところは、まだ貯金だね」
「何が貯金だよ! 負けてんじゃん! いつになったら貯金おろしてくるんだよ!?」
「お馬さん次第かなぁ?」
「おまえ次第だよ!」

 ……と、呆れたようにキッチンの奥に姿を消す周くん。
 室内を見渡せば、ボォ――ッと突っ立ったままの手嶋さんと、そわそわとなにやら落ち着かない様子の花音が目に止まる。
 ついさっきまで周くんにまとわりついていた花音の興味も、今は完全に環さんの方へ移ったようだ。

「とりあえず、花音と手嶋さんも……座ったら? お茶淹れてくるよ」

 テーブルを挟んで、環さんの対面に並べられた一人掛けのソファーへ座るよう二人を促す。

「やっと言ってくれたぁ! 気付くのが遅いよ咲々芽」

 そう言いながらそそくさとソファに腰を下ろす花音。

「え……私待ちだったの?」
「そりゃそうでしょう! 勝手に座るわけにもいかないし」

 入試のグループ面接では、試験官に促される前に着席していた花音にしてはお(しと)やかだ。

「で、今日は、何か相談でも? もしかすると、雪実さんの方かな?」

 二人が腰を下ろすや否や話しかける環さんの言葉に、手嶋さんが目を丸くする。
 ……が、

「なんで分かったんですか!?」とすかさず聞き返したのは花音の方。
「さっきから咲々芽さん、雪実さんの方にだけ敬称を付けているでしょ。紹介する時もそのままだったし」
「そう……でしたっけ?」
「自分側の人間を紹介する時は普通、敬称を省くものだけど、雪実さんとはまだ知り合って間もないのかな、ってね」
「なるほど……」
「そんな人を連れて、わざわざここへ遊びにくるわけもないだろうし。それならあとは、その手の(・・・・)相談しかないだろうから」

 紅茶を淹れて戻ると、まだ落ち着かない様子の手嶋さんとは対照的に、花音の方はだいぶ打ち解けた様子で環さんと談笑を始めている。

 最初こそ等しく緊張していた花音と手嶋さんだったけれど、その後の順応速度は雲泥の差だ。
 もっとも、花音との雑談も、手嶋さんにリラックスしてもらうための、恐らくは環さんなりの気遣いなのだろうけど。

 テーブルに紅茶を並べ始めると、嬉々とした表情で環さんが話しかけてきた。

「咲々芽さん、中学校のときは裏バンやってたんだってねぇ!」
「やってませんっ!」

――もしかして、普通に雑談を楽しんでいただけ?

 キッ、と花音を睨みつけながら、私も折り畳みのパイプ椅子を広げて腰掛ける。
 チラリと壁時計に目をやると、時刻はすでに午後四時半を過ぎていた。

 紅茶を一口啜ってカップをテーブルに戻すと、おもむろに環さんが口を開く。

「それで、いなくなったのは誰なんです?」