「誰がロリババアじゃ!」
両手を振り回してプンスカと怒りだしたのは、もちろん、白衣の女性――
佐枝子さんだ。
「おまえか!」と、手嶋さんを指差す佐枝子さん。
「い、いえ、違います、私はえっと……のじゃロリの方……」
「じゃあ、そっちっか!」
「う、ううん。あたしも、のじゃロリって……」
花音も慌てて誤魔化す。
まあ、ああ見えて佐枝子さんも、言うとほど怒ってないんだけどね。
あの見た目だし、基本的にこの手の感想には慣れているらしい。
ふんっ、と大きく鼻を鳴らして二人を一瞥してから、再び佐枝子さんが口を開く。
「言っておくがおまえら……のじゃロリだったらセーフみたいな空気を出しておるが、それだって十分失礼じゃからな!? 勘違いしてもらっては困るぞ!?」
「す、すいません……」
「ごめんなさ~い」
深々と頭を下げる手嶋さんの隣で、花音も軽く会釈をする。
ったく誰がのじゃロリじゃ……とブツブツ言いながらも、それ以上説教を続けることもなく人工衛星の方へ向き直ると――、
「当時は日本も政権交代直後でな。事業仕分けなんてやっとる一方で、それなりの人気取りイベントも欲しいという与党の思惑もあり、こちらの要求もすんなり――」
説明を続ける佐枝子さん。
そういえば佐枝子さんもオタク気質なんだよなぁ。
とにかく、好きなことについて語る時間は何よりも優先する、というのがオタク道なのかもしれない。
「とりあえず佐枝子さん、先にお互いの紹介を済ませませんカ? 一応、今日のオペレーションに関わる子たちかもしれないデスし……」
「ん? どうしたビリー? ちゃんと仕事なんかしおって」
「ちゃんと仕事して下さいよ」
佐枝子さんの前だと、さすがのビリーも常識人に見える。
「ったく、仕方がないのう。じゃあビリー、さっさと済ませてくれ」
佐枝子さんが、名残惜しそうに人工衛星を見やりながら、体だけを私たちの方へ向ける。……子供か!
「ハイハイ。え~っと、こちらの二人は先々芽さんの同級生で、手嶋雪実さんと矢野森花音さんデス」
フルネームは最初のエントランスでサラッと聞いただけのはずなのに、淀みなく二人を紹介する。さすがはオックスフォード!
「で、こちらがこの研究室の主任、亮部佐枝子さんデウガァッ!!」
紹介の途中で突然、悲鳴をあげるビリー。
気が付けば佐枝子さんの、電光石火の回し蹴りが彼の太ももを蹴り上げていた。
「名字は言わんでもいいと、いつも言ってるじゃろうがっ!」
「イタタタ……。そうはいっても、初対面なのにファーストネームだけ、ってわけにもいかないでしょう?」
「いくじゃろ! 本当の紹介ってわけでもあるまいし」
「いや、本当の紹介デスけど……」
「そもそもじゃ。自己紹介形式にすればよかったんじゃ!」
「そうは思いましたけど……ボクにやれって言ったの、佐枝子さんデスよね」
ちょっといい? と、ずっとウズウズしていた花音がついに会話に割って入る。
「漫談中、ごめんなさいね」
「どこが漫談じゃ!」
「え―っと、佐枝子ちゃんって、何年生なの?」
「さ、佐枝子ちゃ……、何年って……」
佐枝子さんの唇がわなわな震えだしたかと思った次の瞬間、「ア―ウチッ!」と、再びビリーの叫び声が室内に響いた。
電光石火の小枝子キック。
「に、二十八じゃ二十八! 前もって言っておかなかったのか、ビリー!?」
「イタタタタ……すいません、ボクもてっきり、咲々芽が教えてるものかと……」
そういえばすっかり忘れてた。
佐枝子さん、見た目はせいぜい十歳ちょいくらいだからなぁ。それが二十八歳って、もしかすると環さんが男だっていうより衝撃が大きいかも。
隣を見ると、案の定、ポカンと口を空けて佐枝子さんを見つめる花音と、その隣には……あ、あれ? やけに目をきらきらと輝かせている手嶋さん。
人工衛星のときと同じように、かなりときめいているように見えるけど……。
「だ、だって……見た目はどう見ても、小学生……」
まだ、驚きも冷めやらぬ……といった様子で、口が半開きのままの花音。
そんな彼女を見上げながら、佐枝子さんが大きく溜息を吐いて舌打ちする。
「まったく、仕方がないのう。……思春期早発症という病は知っておるか?」
「ししゅんきそうはつしょう?」
「そうじゃ。普通の子供よりも数年早く思春期を迎えてしまう病じゃが、子供のころ、わしもそれを発症したのじゃ」
「えっと……ってことは、普通より早く性徴が見られるんだし、他の人より体も大きくなりそうじゃない?」
「逆じゃ」
私も以前、佐枝子さんから聞いたことがある。
思春期早発症を発症すると、早期に体が完成してしまうため、一時的に身長が伸びたあと小柄のままで身長が止まってしまうらしい。
佐枝子さんのように身長だけでなく、肌や顔つきなどあらゆる見た目が児童のまま止まってしまうというのは、非常に珍しいらしいということだったけど。
「なるほどねぇ~」
佐枝子さんの話に納得したように、コクコクと何度も頷く花音。
「ってことは、不老不死?」
「……花音は、バカか?」
佐枝子さんが花音を指差しながら、両目を眇めて私の方を見る。
初対面の相手に相当不躾な態度だけど、よくよく考えればそれをさせる花音の態度も大概よね。
「佐枝子さん、それはさすがに……」失礼では?と嗜めるビリーに目を向けることもなく、「作用反作用の法則じゃ」と呟いて人工衛星に向き直る佐枝子さん。
その様子を見ながら、
「初めて見ました……リアルロリババア……」
相変わらず昭和の少女マンガのような瞳で、手嶋さんが囁く。
え? もしかして〝ロリババア〟って言ったの、手嶋さんの方!?
宇宙、海底、遺跡……に並んで、ロリババアも新たに追加。
さすが小説執筆が趣味ってだけあって、マニアックな方面にも造詣が深そうね。
いわゆる、サブカル女子ってやつ?
「話がそれたが……まあ、そういうわけで、この研究所が〝みちびき〟に搭載するよう求めた装置が――」
「ああ、佐枝子さん。もう、準備は終わったんですか?」
再び、誰かが彼女のサテライト講義を遮る。声の方を見やると――
艶やかな、微笑みらしきものを浮かべた環さんが歩いてくるのが見えた。
両手を振り回してプンスカと怒りだしたのは、もちろん、白衣の女性――
佐枝子さんだ。
「おまえか!」と、手嶋さんを指差す佐枝子さん。
「い、いえ、違います、私はえっと……のじゃロリの方……」
「じゃあ、そっちっか!」
「う、ううん。あたしも、のじゃロリって……」
花音も慌てて誤魔化す。
まあ、ああ見えて佐枝子さんも、言うとほど怒ってないんだけどね。
あの見た目だし、基本的にこの手の感想には慣れているらしい。
ふんっ、と大きく鼻を鳴らして二人を一瞥してから、再び佐枝子さんが口を開く。
「言っておくがおまえら……のじゃロリだったらセーフみたいな空気を出しておるが、それだって十分失礼じゃからな!? 勘違いしてもらっては困るぞ!?」
「す、すいません……」
「ごめんなさ~い」
深々と頭を下げる手嶋さんの隣で、花音も軽く会釈をする。
ったく誰がのじゃロリじゃ……とブツブツ言いながらも、それ以上説教を続けることもなく人工衛星の方へ向き直ると――、
「当時は日本も政権交代直後でな。事業仕分けなんてやっとる一方で、それなりの人気取りイベントも欲しいという与党の思惑もあり、こちらの要求もすんなり――」
説明を続ける佐枝子さん。
そういえば佐枝子さんもオタク気質なんだよなぁ。
とにかく、好きなことについて語る時間は何よりも優先する、というのがオタク道なのかもしれない。
「とりあえず佐枝子さん、先にお互いの紹介を済ませませんカ? 一応、今日のオペレーションに関わる子たちかもしれないデスし……」
「ん? どうしたビリー? ちゃんと仕事なんかしおって」
「ちゃんと仕事して下さいよ」
佐枝子さんの前だと、さすがのビリーも常識人に見える。
「ったく、仕方がないのう。じゃあビリー、さっさと済ませてくれ」
佐枝子さんが、名残惜しそうに人工衛星を見やりながら、体だけを私たちの方へ向ける。……子供か!
「ハイハイ。え~っと、こちらの二人は先々芽さんの同級生で、手嶋雪実さんと矢野森花音さんデス」
フルネームは最初のエントランスでサラッと聞いただけのはずなのに、淀みなく二人を紹介する。さすがはオックスフォード!
「で、こちらがこの研究室の主任、亮部佐枝子さんデウガァッ!!」
紹介の途中で突然、悲鳴をあげるビリー。
気が付けば佐枝子さんの、電光石火の回し蹴りが彼の太ももを蹴り上げていた。
「名字は言わんでもいいと、いつも言ってるじゃろうがっ!」
「イタタタ……。そうはいっても、初対面なのにファーストネームだけ、ってわけにもいかないでしょう?」
「いくじゃろ! 本当の紹介ってわけでもあるまいし」
「いや、本当の紹介デスけど……」
「そもそもじゃ。自己紹介形式にすればよかったんじゃ!」
「そうは思いましたけど……ボクにやれって言ったの、佐枝子さんデスよね」
ちょっといい? と、ずっとウズウズしていた花音がついに会話に割って入る。
「漫談中、ごめんなさいね」
「どこが漫談じゃ!」
「え―っと、佐枝子ちゃんって、何年生なの?」
「さ、佐枝子ちゃ……、何年って……」
佐枝子さんの唇がわなわな震えだしたかと思った次の瞬間、「ア―ウチッ!」と、再びビリーの叫び声が室内に響いた。
電光石火の小枝子キック。
「に、二十八じゃ二十八! 前もって言っておかなかったのか、ビリー!?」
「イタタタタ……すいません、ボクもてっきり、咲々芽が教えてるものかと……」
そういえばすっかり忘れてた。
佐枝子さん、見た目はせいぜい十歳ちょいくらいだからなぁ。それが二十八歳って、もしかすると環さんが男だっていうより衝撃が大きいかも。
隣を見ると、案の定、ポカンと口を空けて佐枝子さんを見つめる花音と、その隣には……あ、あれ? やけに目をきらきらと輝かせている手嶋さん。
人工衛星のときと同じように、かなりときめいているように見えるけど……。
「だ、だって……見た目はどう見ても、小学生……」
まだ、驚きも冷めやらぬ……といった様子で、口が半開きのままの花音。
そんな彼女を見上げながら、佐枝子さんが大きく溜息を吐いて舌打ちする。
「まったく、仕方がないのう。……思春期早発症という病は知っておるか?」
「ししゅんきそうはつしょう?」
「そうじゃ。普通の子供よりも数年早く思春期を迎えてしまう病じゃが、子供のころ、わしもそれを発症したのじゃ」
「えっと……ってことは、普通より早く性徴が見られるんだし、他の人より体も大きくなりそうじゃない?」
「逆じゃ」
私も以前、佐枝子さんから聞いたことがある。
思春期早発症を発症すると、早期に体が完成してしまうため、一時的に身長が伸びたあと小柄のままで身長が止まってしまうらしい。
佐枝子さんのように身長だけでなく、肌や顔つきなどあらゆる見た目が児童のまま止まってしまうというのは、非常に珍しいらしいということだったけど。
「なるほどねぇ~」
佐枝子さんの話に納得したように、コクコクと何度も頷く花音。
「ってことは、不老不死?」
「……花音は、バカか?」
佐枝子さんが花音を指差しながら、両目を眇めて私の方を見る。
初対面の相手に相当不躾な態度だけど、よくよく考えればそれをさせる花音の態度も大概よね。
「佐枝子さん、それはさすがに……」失礼では?と嗜めるビリーに目を向けることもなく、「作用反作用の法則じゃ」と呟いて人工衛星に向き直る佐枝子さん。
その様子を見ながら、
「初めて見ました……リアルロリババア……」
相変わらず昭和の少女マンガのような瞳で、手嶋さんが囁く。
え? もしかして〝ロリババア〟って言ったの、手嶋さんの方!?
宇宙、海底、遺跡……に並んで、ロリババアも新たに追加。
さすが小説執筆が趣味ってだけあって、マニアックな方面にも造詣が深そうね。
いわゆる、サブカル女子ってやつ?
「話がそれたが……まあ、そういうわけで、この研究所が〝みちびき〟に搭載するよう求めた装置が――」
「ああ、佐枝子さん。もう、準備は終わったんですか?」
再び、誰かが彼女のサテライト講義を遮る。声の方を見やると――
艶やかな、微笑みらしきものを浮かべた環さんが歩いてくるのが見えた。