花音(あんた)、プラ〇ミーバルの見すぎよ!」
「見てようが見ていまいが、他にどうやって行くのよ、異世界に? いちいちトラックに轢かれるわけでもないんでしょ?」
「と、トラッ……怖いわ!」

 いつのまにか、隠れ里から異世界になってるし……。
 花音(かのん)の中で、何かいろいろと混ざってしまってるみたい。

「そもそも恐竜がいたとして、そのバットで何をどうするつもり?」
咲々芽(あんた)バカねぇ……素手で恐竜は倒せないでしょ? 常識だよ?」
「……その常識を、もうちょっと他の部分で働かせようよ」

 まあまあ、咲々芽(ささめ)さん……と、(たまき)さんがにこやかに語りかけてくる。

「普通は、霊子だの隠れ里だのなんて話、眉唾でしか聞いてくれない人も多いのに、自分まで行くつもりで聞いてくれる人なんて稀だよ?」
「そりゃそうでしょうね。……というか、花音にはもともと事務所のことについては多少は話してたんですよ」

 あの事務所は、警察が本腰を入れてくれないような不明者捜索を専門に請け負っている……という程度の情報だけど。
 それでも、普通の女子高生――いや、当時は中学生だったけれど――が、何の疑問も持たずに『ああそうなんだ!』と受け入れられるような内容じゃないだろう。

 ただ、花音に関して言えば、もともと常識という部分に多少の不具合をかかえているうえに、オカルト好き。
 探偵社なんていうちょっと浮いた話も、昨日のミラージュワールドなんていう現実離れした話にしても、まるっと受け入れられたのはそのおかげなんだろうな。

「まさか環さん、花音まで連れて行く気じゃ……」
「いや、さすがにそれは無理だけどね」

 苦笑する環さんに、今度は花音が詰め寄る。

「え? 今日召集されたメンバー、みんなで行くんじゃないんですか? 異世界……」

 異世界でもないし、誰も花音(あんた)を招集してもいない。

「う―ん……それはちょっと難しいかな。少なくとも、何度か経験を積んでからでないと、実際の事件に関わるミッションには参加させられないけど……」
「わかりました! あたし、がんばります!」

 と、金属バットを肩に担ぐ花音。
 まてまて……なにをがんばるつもりよ?

「環さんっ!!」

 私の険相(けんそう)に、なに? といった表情で、環さんが向き直る。

「そんな……ガチで不思議そうな顔しないでくださいよ! 花音(こいつ)にあんなこと言ったら、本気でつきまとわれますよ?」
「いいんじゃない? やっと四台目のタンク(・・・)もできたところだし、そろそろバディの増員を検討しても」
「それには反対しませんけど……なんでよりによって花音(これ)なんですか!」

 花音に向けた私の人差し指を目で追いながら、環さんが首を傾げる。

「ん――……勘かな?」

 でたよ……。環さんの気まぐれ発言。
 
「あまねくんは、潜跡追尾(トラッキング)対象が増えても問題はないよね?」

 環さんの質問に一瞬だけ上げた視線を、しかし、すぐにパソコンのモニターに戻す(あまね)くん。

「トラッキングは問題ないけど、佐枝子(さえこ)さんは何ていうかな。人選は一任されてるといっても、気軽にホイホイ一般人をスカウトしていい、って話ではないだろ」
「なに言ってるのよあまねくん」と、花音が彼の横にひらりとピットイン。
「あたし、言うほど一般人じゃないからね?」

 一般人でしょ、コテコテの!
 (いぶか)しそうに隣を流し見る周くんの視線を気にも留めず、花音が金属バットを抱きかかえるようにしゃがみ込んでアピールポイントを指折り列挙していく。

「えっと、こう見えて結構体力はあるし、思いやりもあるし、よく友達から相談さるし……ああ、そうそう! 五百円玉貯金で一万円貯めたよ!」
「間違いなく一般人だよ! ただの庶民だよ!」

 花音から金属バットを取り上げて、もとあった場所に立て直す。

「そもそも、一万円ぽっち、なんの役に立つのよ?」
「バカだなぁ咲々芽は……金額の問題じゃないってば。五百円玉十枚を使わずに貯め続ける、その根性に注目しなさいよ」
「十枚じゃ、五千円じゃん」
「……だ、だからぁ! 金額の問題じゃないって言ってるじゃん!」
「いや、根性の問題にしたって大した枚数じゃないからね? っていうか、それならこの前カラオケで貸した千円、その五百円玉で返してよ」
「もうない。使った」
「ダメじゃん! 根性なし!」

 あれ? そもそもなんの話だっけ?
 ああ、そうそう、花音がミラージュワールドにいくかどうか、みたいな話か。

「私は、絶対反対ですからっ!」

 と環さんに向き直るも、すでに私たちのくだらないやり取りなどそ知らぬ様子で、(くだん)の壁の前にしゃがみこみながら考え事をしている。
 まだ何か、気になる点でもあるのかな?

「ところで雪実(ゆきみ)さん……」

 おもむろに振り向いた環さんが、今度は手嶋(てじま)さんに話しかける。

「この壁の向こうは、誰の部屋?」
「あ、えっと……私です」
「ちょっと、そっちも見せてもらっていいかな?」
「え!? 私の部屋をですか? ど、どうしてですか?」
「深い意味はないんだけどね。霊粒子の位置が位置だし、一応、周囲は見ておきたいな、って」
「わ、分かりました……ちょっと、散らかってるんで……片付けてきますから、二、三分待ってもらえますか?」

 そう言って、慌てて手嶋さんが部屋から出て行く。
 二、三分で片付けられる程度なら、散らかってるうちに入らないよ。

「どうしたんです、環さん? わざわざ手嶋さんの部屋まで……」
「う――ん、別に、はっきりとした理由があるわけじゃないんだけど……咲々芽さんは、気づいた?」
「なにがです?」
「え―っと、それじゃあ彼女、うちの事務所に何を相談しにきた?」
「え? それは……弟の琢磨くんが、行方不明になったって……」
「そう。普通は、人がいなくなれば〝行方不明〟だとか〝失踪〟だとかって表現するよね」
「そうですね」

 まあ……言われてみれば、なかなか他の言い方も思い浮かばない。

「でも、雪実さんはずっと、弟が〝消えた〟って言ってたんだよ」