「実は雪実ちゃんの弟がね、昨日から行方不明になっているかもしれないのよ」
「行方不明!?」
何かを例えて言っているのかな?
花音のことだから、また何か勘違いでもしてるとか?
「いくつなの、弟さん?」
「十二歳……中学一年、です。昨日ではなく、一昨日から……」
今度は小さな声で手嶋さんが答える。
行方が分からなくなってるのは本当らしい。
その歳なら誘拐の可能性は低いだろうけど……。
「そうなんだ……なんて言っていいのか……それは、心配ね」
「で、ほら、咲々芽、探偵のバイトしてるじゃん?」と、再び花音が口を挟む。
「探偵でもバイトでもないわよ!」
「それでさぁ……」
――マイペースかよ!
「たまたまあたしが加奈子にその話をしてたらさ、雪実ちゃんが、咲々芽にちょっと話を聞いてもらいたい、って……」
「花音、私のことで適当な噂してるんじゃないでしょうね!?」
花音が、肩をすくめてペロリと舌の先を見せる。
探偵のバイト――私がよく立ち寄っている〝行方不明者捜索専門〟の事務所のことを言っているのだろうけれど……。
経営しているのは私のいとこで、やっていることも探偵社とは違う。
あくまでも請け負うのは行方不明者の捜索のみ。
しかも、対象もただの行方不明者じゃない。
事務所で寝泊りしているいとこのために、ちょくちょく立ち寄っては料理を作ったり、たまに仕事の手伝いをしたりもするが、給金が出ているわけでもない。
傍から見れば探偵社のアルバイト……なんて勘違いをされるのも分からないではないけど、きちんと説明しようにも実家同士の事情なんかもあって少々複雑なのだ。
「先生の耳にでも入ったら面倒だし、あんまり怪しげな噂、立てないでよね!」
「やっぱり、怪しげなんだ!?」
「あんたが話すとそうなりそう、ってことよ!」
年頃の女の子が、とある雑居ビルの一室に足繁く出入りしている――私だってそれが訝しい行動だと分からないほど、自分を客観視できないわけじゃない。
それにしても、今の話……ちょっと言い回しがおかしかったな。
行方不明になっているかもしれない?
「その……なってるかもしれない、ってのは、まだ確定じゃないってこと?」
私の問いかけに小さく頷きながらも、そのまま小首を傾げる手嶋さん。
否定とも肯定ともいい難いそんな仕草のあとで、今度は彼女が直接答える。
「いなくなったのは本当です。ただ……消えたのが、鍵のかかった弟自身の部屋からで……」
「そうそう。密室殺人らしいのよ」と、花音がすぐに口を挟む。
行方不明なんだから死体はないでしょ、と、念のため突っ込んだあと、再び手嶋さんに視線を戻す。
花音の頭脳レベルではボケなのかマジなのか判断が難しいので、逐一訂正する癖がついてしまっているのだ。
「警察へは?」
「昨日届けました。でも……部屋の鍵は弟本人が持っていたものと、親が管理しているマスターキーしかないので、現時点で事件性を認めるのは難しいと……」
まあ、そりゃそうよね。誰が見てもただの家出だ。
でも、かと言って自宅の二階からの失踪では、あの事務所で扱えるような案件であるかどうかも疑わしい。
「聞き難いんだけど、弟さんの家出、ってことは――」
「あり得ません」
食い気味に、ここだけはきっぱりと答えながら首を左右に振る手嶋さん。
「この春、念願の名門中学に合格して、消える前日には、一年生ながら野球部の補欠メンバーにも選ばれたって言って喜んでいたんです」
「なるほど……」
「それに、荷物を持って出た形跡もありません。いなくなったのは夜ですし、おそらくパジャマのままですから、家出なんてことは……」
「ね? 家出をするようには思えないわよね、咲々芽?」
黙って他人の話を聞いているのが苦手な花音。
手嶋さんが話し始めても、結局はちょいちょい口を挟んでくる。
確かに家出の前兆はないようだけど……十二、三歳と言えばとにかく多感な年頃だ。何かの拍子で急に情動的な行動にでることだって、あり得なくはない。
もっとも私だって、悟ったような物言いができるほど歳が離れているわけじゃないけれど……。
「矢野森さんたちが、柊さんのバイト先の話をしているのを聞いて思わず声をかけてしまったんですけど……」
「花音たちから何を聞いたかわからないけど、あの事務所は誰でも探す、ってわけじゃないわよ?」
「それは……なんとなく聞きました」と、手嶋さんが小さく頷く。
――ほんと花音のやつ、余計なこと話してないでしょうね!?
「それに……もし仮に引き受けるとなっても……」
「お金なら、払います!!」
思わず大きくなった手嶋さんの声に、まだ教室内に残っていた生徒たちの視線が私たちに集中する。
――あれ? この絵面、まるで私がカツアゲでもしてるみたいじゃない!?
焦って挙動不審になった私に、今度は慌てて何度も頭を下げる手嶋さん。
「ご、ごめんなさい! ごめんなさい!」
「い、いや、そういうのいいから! とりあえず黙って!」
無愛想なせいで〝裏番長〟なんて噂を流された中学校時代の苦い記憶が蘇る。
高校でまた、いきなりの裏バン生活だけはマジ勘弁。
「さすが裏バン」と、茶化す花音。
「やかましい!」
――もしかして噂の出どころ、花音じゃないでしょうね!?
「とりあえず、それはいいから!」と、頭を下げる手嶋さんを止め、声を落として話を続ける。
「お金を払うといっても……私が言うのもなんだけど、法外な料金よ? 多分、高校生の貯金程度じゃとても……」
「大丈夫です。うちの親、お金だけは持ってますし……弟のためならいくらでも出すと思います」
手嶋さんの家、お金持ちなのかな?
それにしては、娘がこんな普通の公立高校なんていうのもちょっとチグハグな気はするけど……。
正直、話を聞く限りではまだ家出の可能性も捨て切れない。
でも……。
もしあの事務所で扱える内容の話なら、喉から手が出るほど欲しい依頼人、ということになるかもしれない。
「う~ん……じゃあ、今日事務所に行こうと思ってたし、環さんに話だけでも聞いてもらおうか」
「行く行くぅ――! ……って、環さん?」
……誰? と、歓声をあげた直後にキョトンフェイスに変わる花音。
中学の頃から私が通っているのを見ていた花音から、何度か一緒に行きたいと言われてはいたんだけど……。
ぶっちゃけ、めんどくさいことになりそうで断っていたのよね。
「ああ、えっと、環さんってのは、私のいとこで、事務所の責任者ね」
「ふむふむ。まあ、咲々芽が普段お世話になってる人がどんな人なのか、大親友のあたしがしっかりと見極めてしんぜよう」と、胸を張る花音。
最近、急に大きくなり始めたなぁ、花音の胸。
中学までは一緒くらいだったのに……。
「別に、花音は来なくてもいいよ」
「ええっ! まったまた……咲々芽ったらぁ! この、ツンデレ番長めぇ!」
「いや、マジで」
「行方不明!?」
何かを例えて言っているのかな?
花音のことだから、また何か勘違いでもしてるとか?
「いくつなの、弟さん?」
「十二歳……中学一年、です。昨日ではなく、一昨日から……」
今度は小さな声で手嶋さんが答える。
行方が分からなくなってるのは本当らしい。
その歳なら誘拐の可能性は低いだろうけど……。
「そうなんだ……なんて言っていいのか……それは、心配ね」
「で、ほら、咲々芽、探偵のバイトしてるじゃん?」と、再び花音が口を挟む。
「探偵でもバイトでもないわよ!」
「それでさぁ……」
――マイペースかよ!
「たまたまあたしが加奈子にその話をしてたらさ、雪実ちゃんが、咲々芽にちょっと話を聞いてもらいたい、って……」
「花音、私のことで適当な噂してるんじゃないでしょうね!?」
花音が、肩をすくめてペロリと舌の先を見せる。
探偵のバイト――私がよく立ち寄っている〝行方不明者捜索専門〟の事務所のことを言っているのだろうけれど……。
経営しているのは私のいとこで、やっていることも探偵社とは違う。
あくまでも請け負うのは行方不明者の捜索のみ。
しかも、対象もただの行方不明者じゃない。
事務所で寝泊りしているいとこのために、ちょくちょく立ち寄っては料理を作ったり、たまに仕事の手伝いをしたりもするが、給金が出ているわけでもない。
傍から見れば探偵社のアルバイト……なんて勘違いをされるのも分からないではないけど、きちんと説明しようにも実家同士の事情なんかもあって少々複雑なのだ。
「先生の耳にでも入ったら面倒だし、あんまり怪しげな噂、立てないでよね!」
「やっぱり、怪しげなんだ!?」
「あんたが話すとそうなりそう、ってことよ!」
年頃の女の子が、とある雑居ビルの一室に足繁く出入りしている――私だってそれが訝しい行動だと分からないほど、自分を客観視できないわけじゃない。
それにしても、今の話……ちょっと言い回しがおかしかったな。
行方不明になっているかもしれない?
「その……なってるかもしれない、ってのは、まだ確定じゃないってこと?」
私の問いかけに小さく頷きながらも、そのまま小首を傾げる手嶋さん。
否定とも肯定ともいい難いそんな仕草のあとで、今度は彼女が直接答える。
「いなくなったのは本当です。ただ……消えたのが、鍵のかかった弟自身の部屋からで……」
「そうそう。密室殺人らしいのよ」と、花音がすぐに口を挟む。
行方不明なんだから死体はないでしょ、と、念のため突っ込んだあと、再び手嶋さんに視線を戻す。
花音の頭脳レベルではボケなのかマジなのか判断が難しいので、逐一訂正する癖がついてしまっているのだ。
「警察へは?」
「昨日届けました。でも……部屋の鍵は弟本人が持っていたものと、親が管理しているマスターキーしかないので、現時点で事件性を認めるのは難しいと……」
まあ、そりゃそうよね。誰が見てもただの家出だ。
でも、かと言って自宅の二階からの失踪では、あの事務所で扱えるような案件であるかどうかも疑わしい。
「聞き難いんだけど、弟さんの家出、ってことは――」
「あり得ません」
食い気味に、ここだけはきっぱりと答えながら首を左右に振る手嶋さん。
「この春、念願の名門中学に合格して、消える前日には、一年生ながら野球部の補欠メンバーにも選ばれたって言って喜んでいたんです」
「なるほど……」
「それに、荷物を持って出た形跡もありません。いなくなったのは夜ですし、おそらくパジャマのままですから、家出なんてことは……」
「ね? 家出をするようには思えないわよね、咲々芽?」
黙って他人の話を聞いているのが苦手な花音。
手嶋さんが話し始めても、結局はちょいちょい口を挟んでくる。
確かに家出の前兆はないようだけど……十二、三歳と言えばとにかく多感な年頃だ。何かの拍子で急に情動的な行動にでることだって、あり得なくはない。
もっとも私だって、悟ったような物言いができるほど歳が離れているわけじゃないけれど……。
「矢野森さんたちが、柊さんのバイト先の話をしているのを聞いて思わず声をかけてしまったんですけど……」
「花音たちから何を聞いたかわからないけど、あの事務所は誰でも探す、ってわけじゃないわよ?」
「それは……なんとなく聞きました」と、手嶋さんが小さく頷く。
――ほんと花音のやつ、余計なこと話してないでしょうね!?
「それに……もし仮に引き受けるとなっても……」
「お金なら、払います!!」
思わず大きくなった手嶋さんの声に、まだ教室内に残っていた生徒たちの視線が私たちに集中する。
――あれ? この絵面、まるで私がカツアゲでもしてるみたいじゃない!?
焦って挙動不審になった私に、今度は慌てて何度も頭を下げる手嶋さん。
「ご、ごめんなさい! ごめんなさい!」
「い、いや、そういうのいいから! とりあえず黙って!」
無愛想なせいで〝裏番長〟なんて噂を流された中学校時代の苦い記憶が蘇る。
高校でまた、いきなりの裏バン生活だけはマジ勘弁。
「さすが裏バン」と、茶化す花音。
「やかましい!」
――もしかして噂の出どころ、花音じゃないでしょうね!?
「とりあえず、それはいいから!」と、頭を下げる手嶋さんを止め、声を落として話を続ける。
「お金を払うといっても……私が言うのもなんだけど、法外な料金よ? 多分、高校生の貯金程度じゃとても……」
「大丈夫です。うちの親、お金だけは持ってますし……弟のためならいくらでも出すと思います」
手嶋さんの家、お金持ちなのかな?
それにしては、娘がこんな普通の公立高校なんていうのもちょっとチグハグな気はするけど……。
正直、話を聞く限りではまだ家出の可能性も捨て切れない。
でも……。
もしあの事務所で扱える内容の話なら、喉から手が出るほど欲しい依頼人、ということになるかもしれない。
「う~ん……じゃあ、今日事務所に行こうと思ってたし、環さんに話だけでも聞いてもらおうか」
「行く行くぅ――! ……って、環さん?」
……誰? と、歓声をあげた直後にキョトンフェイスに変わる花音。
中学の頃から私が通っているのを見ていた花音から、何度か一緒に行きたいと言われてはいたんだけど……。
ぶっちゃけ、めんどくさいことになりそうで断っていたのよね。
「ああ、えっと、環さんってのは、私のいとこで、事務所の責任者ね」
「ふむふむ。まあ、咲々芽が普段お世話になってる人がどんな人なのか、大親友のあたしがしっかりと見極めてしんぜよう」と、胸を張る花音。
最近、急に大きくなり始めたなぁ、花音の胸。
中学までは一緒くらいだったのに……。
「別に、花音は来なくてもいいよ」
「ええっ! まったまた……咲々芽ったらぁ! この、ツンデレ番長めぇ!」
「いや、マジで」