環さんの食事が終わると、目に付いた物だけを適当に片付け、一通り事務所の掃除を終わらせる。
無理に今日掃除する必要もなかったんだけど、放っておくと指数関数的にちらかっていくので、結局、後日苦労するのは私だ。
時間を確認すると、午後七時まであと十分少々――。
だいぶ遅くなっちゃったな。
家には遅くなると連絡は入れておいたけど、花音たちの話で時間を取られた分、予定よりもだいぶ押してしまった。
「すっかり暗くなっちゃったね」
ブラインドのスラットを、スラリとした長い指で押し広げながら環さんが呟く。
この時期の日没時間は六時二十分頃だ。
日が落ちてから三十分……窓の外はすっかり宵闇に包まれている。
「マンションも遠くないですし、大丈夫ですよ」
「いやいや、ダメダメ」
そういいながら、環さんが周くんの方を振り返る。
「あまねくん、適当なところで切り上げて、咲々芽さんと一緒に出られる?」
「ん? ああ……いつでもいいよ」
回転椅子を回して、ノートパソコンのモニターから私の方へ視線を移す周くん。
いくら背が高いとはいっても、中身は年下の中学三年生。いつも、弟と話すような感覚で気軽に接してはいるんだけど……。
あの切れ長のツリ目で見つめられると、年上男性から値踏みされているような気がして、やはり少しだけ緊張してしまう。
「だ、大丈夫ですよ。バイト帰りはこれくらいの時間になることも多いですし。あまねくんだって、明日の調整とか、いろいろあるんじゃないですか?」
「俺は、大丈夫だよ。PCさえあればどこでだって作業できるし」
それを聞いて環さんもにっこりと微笑む。
「だそうだよ? 大丈夫! あまねくんは僕と違って仕事はきちんとしてるから」
「いや、環さんもきちんとしてくださいよ……」
そんな私たちのやりとりをよそに、いつの間にか周くんがパソコンの電源を落としてリュックにしまい始めている。
私服だし、荷物も他には見当たらない。
ここへは一旦自宅に帰ってから来たのだろう。
さっさと帰り支度を整えると、「じゃ、行こっか」と、椅子から立ち上がる。
「う、うん……いいの?」
「ああ。いい加減俺も腹減ったし」
「あれ? そういえばあまねくん、自分の夕食は?」
周くんの代わりに、環さんがニコニコしながら、
「もしかしたら咲々芽さんも食べるかも、ってあまねくん、自分は食べなかったんだよ」
「そ、そうだったんだ……ごめん」
「べ、別にそんなんじゃねーよ! 俺は、作りながらちょくちょくつまんでたし……。咲々芽が食べなくても、明日の朝、環が食べればいいかなって……」
早口で言い訳する周くん。
――あれ? 照れてる?
頬が少し赤らんでいるように見えたので、よく見ようと下から覗き込むと、咳払いをしながら顔を背けられた。
――あらら? なんか、可愛いぞ!?
……と思わされたのも束の間、
「ほら! いくぞ!」
つっけんどんに言い捨てると、さっさとパーテーションの向こう側へ姿を消えてしまった。間を置かず、ドアベルがチリチリン、と鳴って外へ出ていく足音。
「ちょ、ちょっと待ってよ、あまねくん! 私、まだ用意してな……」
声をかけながら、慌てて私も荷物を取りまとめる。
「ごめんなさい環さん。まだ、流しに洗い物が……」
「ああ、いいよいいよ。そんなの僕がやっておくから」
……と言ってはいるけれど、やってくれた試しがないのよね。
「じゃあ、環さん、また明日!」
「うん、気をつけてね!」
ニコニコと手を振る環さんへの挨拶もそこそこに、急いで廊下に出る。
一瞬、階段の方へ向かいかけて、人の気配に振り返ると――。
階段とは反対側――入り口脇の壁に寄りかかりながら私を待っていた周くんの姿。
スマートフォンをポケットにしまいながら「おせぇよ」と、ディムグレイの瞳で私を見下ろしてくる。
「あまねくんがさっさと行っちゃうから!」
「待ってたじゃん」
「待つなら中でいいじゃん! せっかく見た目はいいんだし、あとは、もっとエスコートが上手くなれば女子にもモテると思うよ~」
……といっても中身は中三だしね。
今から女性の扱いなんかに長けてたら、それはそれで嫌味だけど。
「いいよ、女子なんて、めんどくせぇ」
「うわ……なに? 硬派厨? そんなのがモテるの、ラノベの中だけだよ?」
「なんだよそれ? ……なぁんか、苦手なんだよ。女となんて、これまであんまり接点なかったし、何を話していいか分かんないっつぅか……」
「環さんや、私だっていたじゃない」
「環は女じゃないだろ! 咲々芽だって……なんていうか……純粋に女、って感じじゃないし……」
「純粋な女でしょっ!」
ビルから通りへ出ると、二人で駅とは反対方向に向かう。
自宅のマンションは、電車なら一駅区間なのだが、駅から二十分ほど歩くため、直接徒歩で帰っても、帰宅時間はほとんど変わらない。
普通のペースで歩を進める周くんだけど、なにせ百八十センチ級の長身男子だ。百五十三センチ程度の私は、たまに小走りにならないとおいていかれそうになる。
そこまで気の回る人じゃなくたって、歩幅を合わせるくらいのことはすると思うんだけど……こういうところなんだよね、周くんに足りないのは。
「そういえばあまねくんとこは、中高一貫なんだよね」
「学校? うん、まあ……。でも、たぶん、高校は外部を受験すると思う」
「あ、そうなんだ。頭良いみたいだもんねぇ……高校は、レベル上げるの?」
「いや……う――んと……」
少し言い淀んで……。
「たぶん、咲々芽と同じとこ」
「は――あ!?」
無理に今日掃除する必要もなかったんだけど、放っておくと指数関数的にちらかっていくので、結局、後日苦労するのは私だ。
時間を確認すると、午後七時まであと十分少々――。
だいぶ遅くなっちゃったな。
家には遅くなると連絡は入れておいたけど、花音たちの話で時間を取られた分、予定よりもだいぶ押してしまった。
「すっかり暗くなっちゃったね」
ブラインドのスラットを、スラリとした長い指で押し広げながら環さんが呟く。
この時期の日没時間は六時二十分頃だ。
日が落ちてから三十分……窓の外はすっかり宵闇に包まれている。
「マンションも遠くないですし、大丈夫ですよ」
「いやいや、ダメダメ」
そういいながら、環さんが周くんの方を振り返る。
「あまねくん、適当なところで切り上げて、咲々芽さんと一緒に出られる?」
「ん? ああ……いつでもいいよ」
回転椅子を回して、ノートパソコンのモニターから私の方へ視線を移す周くん。
いくら背が高いとはいっても、中身は年下の中学三年生。いつも、弟と話すような感覚で気軽に接してはいるんだけど……。
あの切れ長のツリ目で見つめられると、年上男性から値踏みされているような気がして、やはり少しだけ緊張してしまう。
「だ、大丈夫ですよ。バイト帰りはこれくらいの時間になることも多いですし。あまねくんだって、明日の調整とか、いろいろあるんじゃないですか?」
「俺は、大丈夫だよ。PCさえあればどこでだって作業できるし」
それを聞いて環さんもにっこりと微笑む。
「だそうだよ? 大丈夫! あまねくんは僕と違って仕事はきちんとしてるから」
「いや、環さんもきちんとしてくださいよ……」
そんな私たちのやりとりをよそに、いつの間にか周くんがパソコンの電源を落としてリュックにしまい始めている。
私服だし、荷物も他には見当たらない。
ここへは一旦自宅に帰ってから来たのだろう。
さっさと帰り支度を整えると、「じゃ、行こっか」と、椅子から立ち上がる。
「う、うん……いいの?」
「ああ。いい加減俺も腹減ったし」
「あれ? そういえばあまねくん、自分の夕食は?」
周くんの代わりに、環さんがニコニコしながら、
「もしかしたら咲々芽さんも食べるかも、ってあまねくん、自分は食べなかったんだよ」
「そ、そうだったんだ……ごめん」
「べ、別にそんなんじゃねーよ! 俺は、作りながらちょくちょくつまんでたし……。咲々芽が食べなくても、明日の朝、環が食べればいいかなって……」
早口で言い訳する周くん。
――あれ? 照れてる?
頬が少し赤らんでいるように見えたので、よく見ようと下から覗き込むと、咳払いをしながら顔を背けられた。
――あらら? なんか、可愛いぞ!?
……と思わされたのも束の間、
「ほら! いくぞ!」
つっけんどんに言い捨てると、さっさとパーテーションの向こう側へ姿を消えてしまった。間を置かず、ドアベルがチリチリン、と鳴って外へ出ていく足音。
「ちょ、ちょっと待ってよ、あまねくん! 私、まだ用意してな……」
声をかけながら、慌てて私も荷物を取りまとめる。
「ごめんなさい環さん。まだ、流しに洗い物が……」
「ああ、いいよいいよ。そんなの僕がやっておくから」
……と言ってはいるけれど、やってくれた試しがないのよね。
「じゃあ、環さん、また明日!」
「うん、気をつけてね!」
ニコニコと手を振る環さんへの挨拶もそこそこに、急いで廊下に出る。
一瞬、階段の方へ向かいかけて、人の気配に振り返ると――。
階段とは反対側――入り口脇の壁に寄りかかりながら私を待っていた周くんの姿。
スマートフォンをポケットにしまいながら「おせぇよ」と、ディムグレイの瞳で私を見下ろしてくる。
「あまねくんがさっさと行っちゃうから!」
「待ってたじゃん」
「待つなら中でいいじゃん! せっかく見た目はいいんだし、あとは、もっとエスコートが上手くなれば女子にもモテると思うよ~」
……といっても中身は中三だしね。
今から女性の扱いなんかに長けてたら、それはそれで嫌味だけど。
「いいよ、女子なんて、めんどくせぇ」
「うわ……なに? 硬派厨? そんなのがモテるの、ラノベの中だけだよ?」
「なんだよそれ? ……なぁんか、苦手なんだよ。女となんて、これまであんまり接点なかったし、何を話していいか分かんないっつぅか……」
「環さんや、私だっていたじゃない」
「環は女じゃないだろ! 咲々芽だって……なんていうか……純粋に女、って感じじゃないし……」
「純粋な女でしょっ!」
ビルから通りへ出ると、二人で駅とは反対方向に向かう。
自宅のマンションは、電車なら一駅区間なのだが、駅から二十分ほど歩くため、直接徒歩で帰っても、帰宅時間はほとんど変わらない。
普通のペースで歩を進める周くんだけど、なにせ百八十センチ級の長身男子だ。百五十三センチ程度の私は、たまに小走りにならないとおいていかれそうになる。
そこまで気の回る人じゃなくたって、歩幅を合わせるくらいのことはすると思うんだけど……こういうところなんだよね、周くんに足りないのは。
「そういえばあまねくんとこは、中高一貫なんだよね」
「学校? うん、まあ……。でも、たぶん、高校は外部を受験すると思う」
「あ、そうなんだ。頭良いみたいだもんねぇ……高校は、レベル上げるの?」
「いや……う――んと……」
少し言い淀んで……。
「たぶん、咲々芽と同じとこ」
「は――あ!?」